「ゴジラ」なのか「ガジラ」なのか、どっち

TSUTAYAの店頭にはエライ勢いで「シン・ゴジラ」が並んでいます。怪獣映画なのに日本アカデミー賞で作品賞をはじめ、主演男優(長谷川博己)、助演女優(石原さとみ、市な川実日子)と、なかなかの結果を残したからでしょうか。

昭和な人間にとって「ゴジラ」は大映の「ガメラ」と双璧をなす怪獣映画で学校が休みとなる春や夏には、「春のゴジラ祭り」や「ガメラ祭り」が配給各社で行われ、アニメやコメディ映画なんかもセット的に上映されていました。

当時の「ゴジラ」は初登場の頃の原爆云々の社会的問題はすべてなしにして、とにかく子供受けを狙ったキャラに変貌していました。ゴジラには息子ができてミニラと名付けられ、当時流行っていた「おそ松君」に出て来るイヤミを真似て、シェーをやったりしていました。

私が大学生になった時には既に怪獣映画は作られていなかったと思います。映画配給のキャンペーンで、東宝映画さんのアルバイトをやったことがあります。内容は当時、日本国内に4体しか残っていなかったゴジラの着ぐるみを着て、集まったお子さんたちの間を練り歩くというものでした。

ゴジラに入ってびっくりしたのが、前が見えない、暑い、息苦しいと三重苦の状態だったことです。1回のイベントで5分持てば上出来でした。子供たちは初めて見る怪獣に興奮したのか、長い尻尾を皆で引っ張ります。私は簡単に倒れて起き上がることができませんでした。悲惨な思い出です。

あれから何度か国内でも「最後・・」と銘打ってゴジラ映画が作られました。ハリウッド映画でも何度か作られています、最近では渡辺謙さんが出演したのが記憶に新しいです。まぁ、外人の怪獣といった印象で、今まで見てきたものとは違う感じです。

時代は変わっても怪獣という存在しない脅威は必要なのかもしれません、具体的に指摘することはできなくても日常的にある不安を象徴するものなのではないでしょうか。

庵野監督が「シン」として何を問いたかったのかはわかりませんが、新ではなく真のような気がします。日常的にある不安の象徴としての怪獣=ゴジラ、それを迎え撃つ人の力。社会的に見えざる不安が膨らむたびにゴジラが出て来るのかも知れません。

それから、ECCでおなじみの石原さとみさんが「ゴジラ」ではなく英語的に「ガジラ」と呼ぶのですが、私的には泥臭く「ゴジラ」にしていただきたいと思います。やっぱ、ガジラじゃないですよね。

 

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