たまには明太じゃなくて塩クジラでご飯が食べたい

先般、甥が関東で就職したので挨拶にきました。それに合わせて兄嫁から辛子明太子を送っていただきました。いつ見ても、真っ赤で辛そうな明太子はごはんの親しいお友達です。

私が小さいころは福岡=明太の時代ではありませんでした。ご存知だとは思いますが、明太子の原料となるスケソウダラは福岡の近海で取れるものではありません。最近では需要の高まりから、ほとんどの原料供給を海外からの輸入で賄っているとも聞いています。

私たちの世代は明太でご飯ではなく、「塩クジラ」でご飯の時代でした。塩漬けにされた真っ黒なクジラの肉片を焼いて白ご飯と一緒に食べたものです。当時は豊富にクジラが捕れたことや、昔から保存食として塩漬けの技術が発達していたことが普及した理由です。

当然、学校給食でもクジラは提供され、「竜田揚げ」で提供されていました。最近、流行っている学校給食居酒屋なんかでは他の材料を代用にして、クジラの竜田揚げモドキを提供しているところもあるそうです。

本題に戻りますが塩クジラとして鯨肉が流通していたのは江戸時代からで、紀州熊野で捕れたクジラが江戸まで流通した記録が残っています。また、江戸時代に「どじょう汁」としてクジラの塩漬けの汁が提供されたとも言われています。小さな魚のどじょうとクジラを合わせた、ちょっとしたシャレだったそうです。

クジラ食は1962年をピークに減少していくことになります。もともと代用食として見られてきたクジラですから、鶏・豚・牛といった食肉が十分に供給されるようになると需要が減っていったのです。

ご存知のように保護団体からの圧力もあります。食用に使うこと自体を野蛮だと非難されています。しかし、獣肉を摂ることを禁じられた時代、貴重なたんぱく源として食卓に上ってきた食材です。鯨肉は日本の食文化の歴史とも言えます。

世界では虫を当たり前のように食材に使う地域もあります。確かに知能が高いとされる鯨を捕獲することは動物保護上の問題があるかもしれません。しかし、島国である日本が鯨によって支えられた時代があることを忘れないためにも、食文化として残していきたいものです。

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