ハウステンボスのルーツは長崎オランダ村

25周年を迎え、テレビ等への露出も増えているハウステンボス。いろんな情報番組や旅番組で、その内容を見られたことがあるのではないでしょうか。私が社会人になった頃はオープン前の工事をやっていました。私の同期の友達が施設建築関係で出向していたので、様子を見にいったことがあります。とにかく、「規模が大きい」。テーマパークというより町をひとつ創っていた感じです。

ハウステンボスは当時2,200億円以上の初期費用を必要としていました。「そんなにかけて大丈夫なのか?」と友人に尋ねると日本興業銀行を筆頭に6行が出資し、地元行政や企業の支援もあるため「盤石」の体制だとのことでした。何より「銀行は貸した額が大きければ大きいほど貸し先の企業を倒すことはできんとぜ。」と彼は妙に説得力のある話して笑いました。

ところが、オープン以降黒字化することはなく2003年には2,289億円の負債を抱えて会社更生法の適用を受けることになります。再建を手がけたのは野村プリンシパル・ホールディングスでした。同社は韓国をはじめとする外国からの観光客の集客に力を入れ、単年度黒字までもう一歩に迫りましたが、リーマンショックにより外国人観光客が減少して2009年には窮地に追い込まれます。

そして2010年、HISが登場し現在のハウステンボスの盛況を実現するのです。再建のために地元企業からの出資や行政からの免税を取り付け、事業的には難しいと思われた再建を見事に成し遂げました。この背景にはHISの澤田秀雄社長のビジネス手腕があるのですが、詳細は本でも読んでください。

もともとハウステンボスの原型は「長崎オランダ村」というテーマパークが下敷きになっており、地元役場に勤務していた神近義邦氏が創立者です。神近氏は、長崎村を立ち上げる前にも「バイオパーク」という動物園を造られています。バイオパークは温泉に入るカピバラで有名です。

長崎オランダ村は既に廃業していますが、中心市街から離れたテーマパークへ多くの人を呼び込んだ功績は大きく、この事業がなければハウステンボスもありませんでした。後にHISの澤田社長が「宝の山」とハウステンボスを呼び、心中では「再建」ではなく「買収」として考え、高い評価をしていたことを側近に漏らしています。

神近氏はオランダ村の経験をもとに2200億円の巨費を投じて草も生えない46万坪の土地を土壌改良し、約40万の樹木と約30万の花を植え、運河を掘り、自然の生態系から再構築しました。現在の優美な景観は、信じられないような開発作業によって実現されたのです。HISの澤田社長が「宝の山」と言われたのも頷けます。

これまで接待旅行などでハウステンボスには大変お世話になりました。現在の盛況をお祝い申し上げます。最後に一言だけ私的意見を‥船で湾に出たとき、海側からハウステンボスの街全景を見渡すことができます。実に美しい街並みです、でもその背景にある「杉山と高圧線用の大きな鉄塔」はいかがなものでしょう?

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