泳ぐということは単純に見えて、そうでもない

私がプールというものを見たのは小学校5年生のときでした。それまで、「泳ぐ」という行為は川で行うものだと思っていました。夏が近づくと、各地区の父兄がその地区の川で比較的安全そうなところを土嚢で堰き止めて深い部分を作り、そこで子供らを泳がせたのです。ですから、「泳ぐ」と言っても主流は犬かきであり、私たちにとっての「泳ぎ」は犬かきだったのです。

小学5年の夏に、近隣の小学校に水泳の講習を受けに行きました。山間部とは言え、水難に遭わない保証はないということで、この年からプールのある近隣の小学校で行われる水泳教室に行かせてもらうことになったのです。近隣とは言え、バスで30分以上行かなければならず、勿論その学校を訪問するのも初めてです。

プールとはコンクリートの四角い箱に水がはってあり、川の泳ぎ場とはまったく違っていました。教室が始まると地獄のような特訓を受けました。そう感じただけなんですが、まず顔を水につけなけらばならないし、その上、横を向いて呼吸をしなければなりません。私も兄も友達も、みな鼻から鼻水を垂らし、目を真っ赤にして「帰りたい」を連呼していました。

引率の先生はいなかったのですが、先方の学校には依頼された担当の先生がいて、私たちに愛の鞭を振るってくれます。「もう少し、立たないで!」「息して、横向いて」ありがたいのですが、もうボロ雑巾状態です。帰りのバスでしゃべる元気が残っている子は一人もいませんでした。

そして中学校に入学してすぐに大変なことが起こります。プールが出来ることになったのです、あの四角いコンクリートのプールが、それに加えて理科を教えていた先生は平泳ぎでオリンピックに出た田口選手を教えたという方でプールができたら、自分が指導すると張り切っていました。

夏前にプールは完成し、単なる嘘つきだと思っていた理科の先生は田口選手を本当に連れてきて皆を驚かしました。25mプールを金メダリスト(ミュンヘンオリンピック)は、わずかに4掻きで泳いだのです。それからというもの体育の時間に限らず水泳の特訓を受けました。極寒の地なのに「寒くない」「気のせいだ」と言われ氷が張るような冬まで泳いでいました。

おかげさまで、生徒全員泳げるようになり、いえ、泳ぎが達者になりとても山間部の子どとは思えない成長を果たします。兄は高校で水泳部に入り、インターハイや国体に毎年出場していました。昔は「犬かき」しか知らなかったのに。

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