「ちょっと、うざい部長」とコワイ話 その①

もう20年以上前になります。全国をまわる営業の仕事をしていたことがあります、不動産の関係だったので、福岡から車で現地まで行ってました。日本海側をまわる時は、富山あたりまで行って折り返してくる感じです。一回の出張で1,000km以上は走っていました。会社のスタッフは全員で1000名以上と、まあまあ中規模だったのですが、私の部署は部長と私のふたりだけで他にスタッフはいませんでした。

基本的には外回り業務は私の仕事だったのですが、たまに部長が「おれも行くけん」と同行することがありました。部長が同行しても、あまり戦力にならないというか、助手席で寝るだけなのであまり意味はありませんでした。日本海側をまわったとき、部長へのサービスで出雲大社に寄ったことがあります。私が大注連縄に小銭を投げて刺さるのを見ると「おれも」といい、30分近く繰り返していましたが結局できませんでした。

この部長と出張すると出張先で「学会」に出くわすことが多く、地方都市だとほとんどのホテルが関係者で埋まっており、ホテルが取れないケースがありました。部長は事前に宿泊先を予約することはなく、この日も予約はありませんでした。最終目的地を出雲市にしていたのですが学会で泊まれるところがなく、鳥取を超えて舞鶴まで行かなくてはなりませんでした、着いた時には既に午前3時を超えていました。

部長は四国の出身で、四国への出張にはよくついてきました。部長は「俺はここの出身やけん」と言うのが口癖で、カーナビを見ていると「俺が知っちょるけん良か」と言い、右だ左だと指図します。しかし、最終的にはナビ上では道路のないところを走っている状態になり、部長に尋ねると「10年以上前やけんな」と言い訳され。いいかげんと言えば、この上ありませんでした。

ある日、愛媛から高速道路に乗る手前で「代わろう」と珍しく部長が運転すると言い出しました。通常は1,000km以上私一人で運転するのですが、インター手前の一般道の路肩に車を止めて運転を交代しました。

部長は満面の笑みでハンドルを握り「ここらへんは警察の多かけん、気をつけな」と私に注意を促し、インターに入って料金所を抜けると急に加速してどんどん飛ばし始めました、数百メーターしか進んでなかったのですがサイレンの音が近づいてきます。後ろを見るとパトカーが迫っていました。部長は泣きそうな顔で「な、気ばつけな!」というと速度を落として高速バスのバス亭への道へと入っていきました。停車後、部長はパトカーに呼ばれ違反切符を切られました。

部長は「イッパツ免停+キツイお説教」で小さくなって戻ってきました。それから四国内を私がひとりで運転したのは言うまでもありません、しかし、しばらくして違反のショックから復活した部長は間違った道案内を繰り返し、暇にまかせて鼻歌を歌い、地獄のような出張15,000kmでした。

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