フランケンシュタインじゃないけど「傷だらけ」

鶴田浩二さんをご存知ですか、私の中ではシブい男優さん第2位の俳優さんなのですが、ちなみに第1は高倉健さん、第3位は池辺良さんです。三人とも同じ時期に任侠映画に出演されていました。鶴田さんのヒット曲に「傷だらけの人生」というのがあります。この曲が流行った当時、母親からよく言われました「あんたが女の子やったら、えらいこつやったね。歌やなけど傷ばっかりやもんね」。

小学生の頃は犬によく噛まれました。親類の家に遊びに行ったときには隣家の大型犬に押し倒されて左肩の下あたりを噛まれ56針縫いました、友達に家に遊びに行ったときには

その家のビーグル犬に「かわいいね」と右手を出したとたんに人さし指となか指の間を噛まれ2針縫いました。噛まれてすぐに、そこのおばあさんから「味噌を塗るとええ」と言われ、手の甲を味噌だらけにして家に帰りましたが効果はありませんでした。

切り傷も絶えませんでした。このころはトタン屋根の家が多く、あちらこちらに残材としてトタンが積んでありました。遊んでいて走りまわっていると、納屋の横などに積んであるこのトタンにぶつかることが、しばしばありました。急いでいて、脇道に入ってトタンの足首をぶつけてパックリと傷口が開いて血だらけになったことがあります。

また、家には農作業用にいろんな刃物が置いてありました。両親からは決して触れないように言われていたのですが、斧で薪を割って遊んでいたとき失敗して左手の指の付け根を

切ったことがあります。かなり深く、骨が見えるくらいでしたが、両親から怒られるのが恐ろしくて言えませんでした。指をまっすぐに立てて、傷口の上はハンカチで押さえて、その状態でしばらくすごしました。傷口が塞がるまでは我慢して指を立てていました。

子ども時代は、全身にいろんな傷を負いました、成人してからもケガは多く風邪をひく頻度よりも高かったと思います。昨年も足に掃除機を落とし、しばらくしても痛みが引かないので検査をしたら「ヒビ」が入っていました。

これまでで一番まずいなと思ったのは就職してすぐでした。媒体関連の仕事をしていたので「送り」と呼ばれる原稿を媒体社まで届ける業務が日常的にありました。ある日、原稿を〆切時間までに媒体社に届けるために製作会社に行きました。

原稿が上がったのが際どい時間だったため、受け取ってダッシュをかけました。製作会社は通常のマンションの一室でしたので、入り口はオートロック式になっていました。私がエントランスに降りると、ちょうど少し前を出ていく住民の方の後ろ姿を見ました。

わたしは、そのまま出ようと思い力いっぱい駆け出しました。その時です、激しい衝撃が

頭部を突き抜け、その場に倒れてしまいました。なんと、入り口のガラス戸は閉まっていたのです。あまりに透明度が高ったためか、出ていく住民に気を取られていたせいか、まったく気づかず、ぶつかってしまったのです。 

ガラスには鼻の跡が付き、私は激しい鼻血を出しました。とりあえず時間がなかったのでハンカチで鼻を押さえたまま原稿を届け、事務所に戻りトイレで見てみると鼻の上部に3mmほどの傷がありました、どうも骨が折れて飛び出した跡のようでした。

上司に笑われながらも「早く医者に行け」と許可をもらい外科で検査したところ、キレイに縦に折れていました。やはり鼻の傷は折れた骨がいったん飛び出した跡だったのです。

医師は笑顔で「入院してタンポン入れて固めて一ヵ月か、なるだけ触らないようにしてそのままで一ヵ月か、好きな方を選んでください」と言います。結局、折れたりヒビが入ると何もせずに待つしかないんですね。

若いころは嘘のようにケガが治っていくので自分で自分を不死身の男だと思っていましたが、最近はケガしてもなかなか治りません、やっぱ年には勝てません。

 

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