実際に「マトリックス」的スロー状態を体験したことがあります?

私の実家は人里離れた一軒家で田舎料理屋をやっており、その店舗は祖父が使っていた古民家を改造したものです、改造というか柱関係を残して壁とかを貼りなおしたと表現する方が適切かもしれません。私が大学生の頃にオープンし、オープン当初は初夏のいい季節であれば3時間待ちの行列ができるほどの盛況でした。その頃には祖父は体を壊し、私たちの住む家で同居していました。店が営業している間は家族が総出で店を回しているため、祖父の食事は店から誰かが届けて食べさせていました。

冬の連休だったと思います「帰ってきて皿を洗え」との電話で実家に戻り、店を手つだっておりました。忙しい時にはお客の対応もするのですが基本的には皿洗いが私の仕事でした。そして、家で食事を待つ祖父に昼食を届けるのも私の仕事でした。ご存知でしょうか「Σ」とか「λ」とか数学の記号みたいな名前の車が流行ったのを、父もちょうどその流行りの「Σ」を買ったばかりでした。

家にいる祖父に食事を運ぶために父の自慢の新車「Σ」を借りることにしました「気を付けろよ、今日は寒かけん橋の上とか凍っとるかもしれんスピードば出したらいかん」と注意をされ「ハイ、ハイ、ハイ」とありがちな軽口対応で返しつつ祖父の食事を大きめの配膳用のもろぶたに入れて店を出ました。

慣れとは恐ろしいもので曲がりくねった山道であっても、ガンガン飛ばしていきます。父親の忠告など頭にはありませんでした、数えきれないほど通った道です、何かあろうことなど考えもしませんでした。

スピードを出して橋にかかったときです「しまった!」初めての感覚でした、車の制御が効いていないことが瞬時でハンドルを通して伝わってきました。車は斜めになりながら橋を渡り、ハンドルが効かないまま右手の崖にぶつかりました。ぶつかったというより、乗り上げた感じです。そのまま360度回転していく車内では祖父へ運ぶ食事が宙を舞っています、ごはん・味噌汁・山菜・つけもの、ゆっくりと空中を漂っているのです。まるでマトリックスのような感覚です、私は事故っているという感覚よりも不思議な空間にいる感じでした。

車は一回転して道路に戻り、今度は左手側の川の方に動いていきます。エンジンは止まっているのですが車自体は惰性で動いていました、川側は崖状態になっており、川までは4~5m落ちれば間違いなく車は潰れてしまいます。道路を渡っていく車はブレーキもハンドルも効かず、川側の端に前輪が落ちました「ズ、ズッ」車の床が音を立てます。窓から見える景色は超スローで動きます。車は止まりました、落ちなくて済んだのです。

私は車から出ると歩いて修理工場まで行き、顔見知りのおばさんに車の引き上げをお願いしました。ご主人がいなかったので、おばさんが様子を見るということで現場までレッカー車で同行してくれました「よう、生きとったね」おばさんは驚いていました「こりゃ、あたしじゃひげん。主人ば連れてこな」おばさんはご主人でなくては手に負えないと、また私を乗せて集落まで戻りました。

結局、車は修理など考えられないくらい破損しており「廃車」。傷ひとつ負わなかった私は父親から「飛ばすなて言うたろうが‼」と不注意を死ぬほど怒られました。でも覚えておいてください、本当に危機に直面したその瞬間は「スロー」な世界が見えるのです。

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