「めんたいロック」を知ってますか?

私が学生の頃、港に近い倉庫とかで博多地元で結成されたバンドがスタンディングオンリーなどと称してライブをやっていました。椅子に座わらせて見せるような会場を借りる金のない連中が、とにかく客が入れればいいということでやっていたのです。友人で好きな奴がよく通ってました、換気が悪く酸素が薄くなるため、どんどん人が倒れて救急車が来て終了みたいなこともよくあったようです。

後に「明太ロック」と呼ばれるのは、こうした無謀なバンドではなくもう少し落ち着いた人たちです。たぶん「ルースターズ」が出てくるくらいの時期が明太ロックの呼称の始まりではないでしょうか、一般的には博多と言えば天神のフォーク喫茶「照和」が有名ですが、私は前を通り過ぎたことはありますが、入ったことはありません。よく行っていたのは親不孝通りにあった80’sFactoryというライブハウスです、経営されていたママさんは後にムーンライダースのマネージャーになったと聞いています。

サンハウス、シーナ&ロケット、モッズ、ロッカーズ、ARBなどが当時頑張っていたバンドです。同じ時代に井上陽水、海援隊、長渕剛なんかも別の流れで活動していました。私が好きなのはARBです、メンバー構成的には「明太」と呼ぶには難がありますが、分類的には「明太」らしいです。ギターの田中一郎が北九州、ボーカルの石橋凌が久留米の出身です。メンバーは東京でのオーディションで集められました。

ボーカルの石橋凌は俳優活動でご存知の方も多いでしょう。彼らは戦争や労働者、社会の在り方などをテーマにした曲を数多く発表し、社会派バンドとも呼ばれました。労働に関する曲は「Work Song」と呼ばれ、ARBの代名詞となっています。当時は最大でメルパルクホールくらいの場所でライブをやっており、開始のアナウンスでは「場内での破壊活動は厳しく禁じます」と繰り返し注意放送が流れ、オープニングでドラムの音が聞こえた瞬間にステージ前に塊ができるのが通常でした。

歌詞の内容は「工場で働いた、豊かにはならなかった、社長は脱税で捕まった、Union Union Union‥‥」(曲:ユニオンロッカーより)って感じで別に暴れて客席壊すほどの内容だとは思わないのですが、ライブ終わりにはけっこう椅子が壊れていました。

すいません、明太ロック全般の話ではなくARBで終わってしまいました。ちなみにドラムのKEITHさんは博多とは全く関係ありません。ライブ終盤、倒れそうになる体を2人のスタッフから支えられてドラムを叩いているのを見たことがあります。「カッコよかった」。細身なのですが肩にタトゥーを入れており、「ジャンキー」みたいでした。でも、この人が最高にいい味出すんです、、、推奨曲「HOLIDAY」「ファクトリー」「魂こがして」

 

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