最近では遠足はどこへいくのでしょうか?

私の昭和な思い出を時折書いていますが、どうしても小・中学校時代の学校行事になってしまいます。その中でも、いまだに位置づけがはっきりとしていないのが「遠足」です。小学生の当時、「遠足」というと学校から歩いて行ける場所ということで、山間部の学校なのに〇〇山や〇〇峠に好んで行っていたような気がします。目的地に着いたところで山や峠だったりするので、特別なものがある訳でもなく、ただかなりの距離を集団で歩いたという日本軍的な集団活動の経験が残るだけでした。

そんな私たちではあったのですが、遠足?社会科見学?どちらにも取れる団体バスを使った訪問先がありました。それは「大宰府園」と「到津遊園」でした。年に一度か二度、このいづれかの遊園地に学校全体で出かけていくのです。当時はこのふつの遊園地は西日本鉄道株式会社が経営していました、太宰府園は学問の神で有名な太宰府神社に隣接した遊園地で、到津は北九州にありました。到津は2000年に経営不振の為、営業を終了したようです。

どちらの遊園地も旧型の施設だったのでスリル&スピード的なライドタイプのものは少なく、全体におとなしいアトラクションが多かったような気がします。太宰府園には池があって、その周囲をゴーカートで走れるようになっていました。小学校高学年になると、このカートに乗るの唯一の楽しみでした。

引率の先生に「なぜ遊園地に来るのか?」尋ねたことがあります。先生は「あんたたちも、外に出ていくとお金とか使おうが、そのための練習をしとかないかんとたい」この時の先生の答えがいまだに理解できていないのですが、私たちはすっごい田舎にいたのでお金を使う場所もなかったため、遊園地まで出かけてそこでお金を使う練習をする、ということだったのでしょうか?そうすると、それは「遠足」なのか「社会科見学」なのか。

埼玉県川越市、関東の小京都らしいです。川越へは修学旅行の練習ということで、学生さんがたくさんやってきます。これは、趣旨的には私たちが小学生の頃遊園地に行っていたのと同じことなのでしょうか?

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