梅雨と蕎麦がき、父の思い出

私の父は10年近く前に脳卒中で倒れて、以来、学習能力を失って話すこともできません。学習能力がないのだから、記憶はどうなるのだろうと思っていましたが、どこかに記憶は残っているようで家族の顔を見ると「笑うか」「泣くか」どちらかの感情表現をします。脳に損傷があると感情の起伏が大きく、こうした状況になるらしいです。昨年までは母がめんどうを見ていたのですが、その母も80歳を超えており足も不自由なため、父は現在は施設に入っています。

両親ともに九州にいる為、たまにしか帰れませんがこの梅雨の時期が来ると父を思い出します。今日は関東地方が梅雨入りしたそうです、父は農業を営んでいたため、この梅雨の時期、雨が激しい時には仕事を休んでいました。そんなとき、父が好んで食べていたのが「蕎麦がき」でした。みなさんは「蕎麦がき」をご存知でしょうか?

通常、蕎麦屋さんで食べるのは「そば切り」です。蕎麦がきは、蕎麦粉を熱湯でこねて餅状にしたものです、そば切りが普通となった今も蕎麦屋さんで酒のつまみにされるなど広く食べられています。「かいもち」とも呼ばれています。作り方は簡単で蕎麦粉に熱湯を加えて、箸で手早く混ぜて粘りを出し、塊状にして食べます。私の父は砂糖醤油を付けて食べるのを好んでいました。

蕎麦関連の料理は縄文時代から日本では食べられていたと言われています、蕎麦がきは鎌倉時代には存在し、石臼の普及とともに広がっていったとされます。江戸時代半ばまではこの蕎麦がきが蕎麦料理として食べられていましたが、江戸中期くらいには麺状にした「そば切り」が庶民の生活に広がり、全国で食べられるようになっていきました。

そばの産地では、子供でも簡単に作れるため”おやつ”の定番だったと聞きました。子供の頃、父親がどんぶりに蕎麦粉を入れて熱湯を加えて素早くかき回す様を見ながら、湯気の向こうで嬉しそうに蕎麦粉を捏ねる父を見ていました。時々「食べるか」と父が塊をすこし箸でちぎって砂糖醤油を付けて分けてくれるのですが、私には「おいしい」とは思えませんでした。

年に何度か父を訪ねます、おみあげに買った「饅頭」をうまそうに頬張る父を見ながら、”蕎麦がき”を食べさせてやりたいと思います。今日、梅雨入りです九州は雨が降っています、梅雨もわからなくなってしまった父ですが、梅雨が明けた頃に顔を見に行きたいと思います。

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