田舎度はどう競うのか「橋」か「信号」か?

大学生になって、初めて福岡市内に住んだ頃、友達になった他県の人間とよく「田舎度」を競ったことがある。当時の事なので、まだコンビニなどはなく、比べるための指標を何にするかというところから話しは始まった。仲のよかったのは鹿児島と熊本の人間だったが、どちらも私の実家と比べるには人口も多く「僻地」的な感じはしなかった。大分から出てきた友人は私と同じように山間部、しかも九州の屋根と呼ばれていた九重山方面の出身であり、「田舎」の話は意気投合した。

まず、害獣が出ることであるサル、イノシシ、シカ、そういう類のものが出没したり、近所のおじさんが捕獲して食べたりと「そう、そげんやった(そうだった)」とお互いに頷ける話があった。次に小学校、中学校を通して生徒数が少なかったこと、学校行事(運動会)などを行うと運動場を掃き清めて、裸足で行事を行ったこと、学校までの通学距離がやたら遠く、高低差があって自転車が使えなかったことなど、話しているときりがなかった。

大分の友人と、どちらが「田舎」かという指標を考えたとき、彼から「信号やないや(信号じゃないか)」と言われたことがある、私が住んでいた村の行政区では1個しか信号と呼ばれるものはなかった、しかも、この信号が一番の人口密集地区に設置されるときには「点灯式」まで行われて、村をあげての一大行事だったのを覚えている「そげんたい(そうだ)」というと、その大分の友人は自慢げに「俺んとこはくさ、信号は一個もなかとぜ(信号は一個もないんだ)」と語った。私は正直負けたと思った。つまらない話ではあるが、田舎育ちには田舎育ちの面目的なものがあり「不自由さ」を誇っていたような気もする。

この話をしていたとき長崎の五島出身の奴が口を挟んできた「違う、田舎かどうかは『橋』の数で決まるったい」。私たちは再び田舎度の指標に関して考え込んでしまった。信号=交通量の問題であるし、橋=地勢的な問題、基本的に「何がないか」を競って田舎を自慢していたが、昨今こうした地域では人口が減って限界集落などと呼ばれている、まだ人の文化があるから田舎かどうかを比べる材料を探すこともできるのだが、人も住まない人の生活が消えた文化のない地域になれば、その地域自体が話題となることもなくなっていく「消滅」するのである。

実家のある福岡から遠く離れて埼玉の地で暮らすようになって20年近くなるが、実家周辺の地域が限界集落となり「消滅」していくのは寂しい、齢80を超える母はいまだに車を運転してこの「消えかかった」地域で暮らしている。

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