100円ショップとかホーム・センターの初期って離島で稼ぐって知ってました?

かなり前になりますが100円ショップ、ダイソーの偉い方と大阪で食事をしてお酒を飲んだことがあります。お酒を飲みながらダイソーの発展史などをお聞きしたのですが、大変に興味深いものがありました。株式会社大創産業は広島に本社があります、当初はスーパーマーケットの駐車場に店舗を構える、移動販売・露天方式の100円ショップを運営していたそうです。

その当時のお話ですが、その方によると移動販売で瀬戸内の島々を回ることによって会社の利益を積み上げていったというのです。私は福岡で成功した某ホームセンターの社長からも同様のお話を伺ったことがあります。閉鎖市場で商品が思ったように手に入らないため、その島で販売権を握るとある程度の売り上げが確保できるというお話でした、勿論、ダイソーさんにとっては成長過程でのひとつのエピソードに過ぎないと思いますが。

移動式の車輌店舗での島々を回っての営業、なんだかいい感じなのですが、当時はきっと生活必需品が中心で今のような便利グッズ的なものや衣料は扱っていなかったでしょう。以前、ダイソーの方にお会いした際にスーツの胸ポケットにチーフを刺しておられたのですが、後で100円ネクタイを切って作るのだと聞いてびっくりしました。こうした工夫が、今のバラエティに富む商品に繋がっているのでしょう。

そうそう、島での販売のお話でした。離島の店舗も運営は難しいと思うのですが、東北の海岸近くの被災地を回ったときに同じことを考えました。住民が少なく、ニーズが少ないため徒歩圏には店舗がありません。車を運転できる人は離れたところにある大型のショッピングセンターまでまとめ買いに行かなくてはなりません、しかし、高齢で車の運転も出来ない人たちはどうすれば良いのでしょう?

かつて、離島の生活を助けてきた生活雑貨販売業の方々、どうでしょう、今度は震災地区や高齢者が主体の地区で移動販売を計画してもらえないでしょうか。儲からない、そうかも知れませんね。何か方法を考えていきたいものです。

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