ちいさなお葬式がNHKや他の番組で取り上げられて、静かなブームです。

前に葬儀社のコラムを書いていたことがあります、樹木葬、海への散骨、ペット葬といろいろな形態の葬儀があることや、付帯したセレモニーも様々だということを知りました。中でも、みなさんが興味をもたれるのは「小さなお葬式」です。私も関東で暮らすようになって、いつも不安に思っているのは自分の葬儀に関してです。現在の持ち家は狭小住宅と言われる1階が駐車場の小さな3階建てです、こんな家では葬儀は難しいと思います。

今年、春に東京で唯一の親類の叔父さんが亡くなりました、火葬場の日程が取れず、担当の葬儀社が管理する安置所で九州の父母といっしょに叔父さんに会いました。普通の日だったのですが、叔父さんの子供さんと奥さん、それと私たち全部で8名程度のお見送りでした、殺風景な安置所の面会場所で、顔を見せてもらって生前の話をみなでしました。そこには、たくさんの人が来る通夜や葬儀と違って家族だけの安らぎがありました。

叔母さんは火葬場の都合上、式をやらなかったと説明していました、逆にそれでいいのではないかと思いました。火葬して納骨後に位牌を家に置いてから、生前にお世話になった人などには個別に訪ねてもらえれば故人も喜ぶのではないでしょうか。私たちも訪ねていただいた方とゆっくりと思い出を語ることも出来ますし、人を悼むには、その方がいいような気がします。

さて、テレビ等で話題になっているのは定額の小規模型のお葬式です。なぜ、定額なのかというと、これまでは葬儀社がすべて仕切っており「だいたいこれくらい」で始まって「こんなにかかった」で終わるケースが多かったのです。まあ、不透明というかどんぶり勘定というか、葬儀なのであまり金銭のことを言うと、卑しい感じがするなど、仏教徒的な発想があるのかも知れません。

最近では”式を行わない火葬のみ”だと188,000円だそうです。どうですか、イメージのお葬式から比べると随分とお安い価格ではありませんか?がんばって生きたのですから最後くらいはとも思いますが、葬儀が盛大で賑やかであれば故人が喜ぶというものでもないでしょう。葬儀が小規模化するのは経済的な問題だけではないような気がします、身内がゆっくりと別れをするための自然な流れではないのでしょうか。

現代は全てにおいてスピード化が進み、子供たちが働き始めると家族全員で食事するなどということは、年に数回になってしまいます。そんな時代の葬儀であれば、最後くらいは家族全員顔を合わせて話をして、ゆっくりと旅立てば良いのではないでしょうか。私は「小さなお葬式」賛成派です。

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