「鉄道の町」大宮を今夜ブラタモで再認識。

埼玉に住むようになって既に20年近くになりますが、大宮が「鉄道の町」だったことを知りませんでした。確かに鉄道博物館があったり関東圏北部で最大都市であることは知っていたのですが、そうした事は近年のことで、歴史的な背景があるとは思ってもみませんでした。本日放送のブラタモリの紹介文をホームページで見ていて「鉄道の町」とあったので調べて見ました。

なんと、1883年には上野―熊谷間の路線が開業していたのです。その当時は県庁のある浦和と上尾にしか駅はなく、大宮には設けられなかったのです。当時、大宮には243戸しか家がなかったことや、大宮に駅を設けると駅間距離が短くなってしまうことが、駅のできない理由でした。しかし、後の町長・白井助七さんと有志は町が衰退することを危惧して、駅用の土地を提供するとして誘致運動を行いました。

初期の白井さんらの誘致活動からしばらくして、上野から青森駅へ向かう現在の東北本線を建設する際、高崎・前橋方面へ向かう路線をどこから分岐させるかが問題となりました。候補は浦和・大宮・熊谷の3案でした。いろいろと検討されたのですが、アメリカ人技師クロフォードさんの宇都宮への最短経路となる大宮経由で建設すべきと言った意見が有力視され、最終的には「鉄道の父」と呼ばれた井上勝さんの決断によって大宮が起点の地となり、駅が設けられることになったのです。

そして駅の北側には1894年に白井さんが提供した土地を利用して、駅に隣して大宮工場(大宮車輌センター・大宮車輌所)が建設されました。さらに大宮の位置づけは、日本の重要幹線の分岐駅という交通の要衝となり、以降大宮は「鉄道の町」として栄えるようになったのです。当時は近隣住民の長男は家業の農業を継ぎ、次男以下が大宮工場に勤務するのが珍しくありませんでした。

近くに住んでおきながら、大宮の発展の歴史をまるで知りませんでした。確かに鉄道駅としての要所であることは分かっていたのですが、地勢的な問題で駅が出来てそのまま発展したものとばかり思っていました。やはりブラタモリで取り上げるだけのことはあります。大宮と言えばNack5かと思っておりましたが、その歴史を再認識させてもらいました。

それから、今日の放送では氷川神社も取り上げるみたいです。大宮の氷川神社は約2400年前に出雲大社から勧請したとされる、古社中の古社です。また荒川流域に約280社ある氷川神社の総本宮でもあります。合わせて、ご覧ください。

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