私がカブト虫が嫌いになったわけ

私はクワガタムシを捕まえるのは大好きでした。でもカブト虫は、あまり好きではありませんでした。私のイメージの中ではクワガタムシはクールな感じで群れることもなく、そのクワガタムシを捕まえる行為は「カツオの一本釣り」みたいなものでした。これに対してカブトムシは野暮ったい感じなのです、あまりワイルドさを感じないのです、また一匹でいると言うより群れでいるイメージが強いのです。

私がカブトムシを好まなくなったのにはわけがあります。クヌギなどの木からカブトムシを採集するのはクワガタムシを捕らえるのより難しかった気がします、一般でもカブトムシの方が希少性が高い昆虫として見られていましたし、私にもその認識はありました。私の考え方が180度変わってしまったのは小学校の低学年のときでした。私たちの実家の裏にあった畑に畳が捨てられていたのですが、その畳が腐って来たのです。

ある日、兄が川に釣りに行くためにこの腐った畳の中にミミズがいないか探しました。ミミズは発見されなかったのですが、代わりに大きな芋虫が大量に発見されました。まるで古墳で眠る死人のように、あちらこちらに小さな空間を作って、そこに巣くっているのです。「なんやこりゃ、カブトムシやろうか、それにしてもばさらかおるね(ばさらか=たくさん)」それは春のことでした。

初夏の早朝、その事件は起きました。畑に行った母がその異常に気づいたのです、例の腐った畳から”黒い物体”が湧きだしているというのです。私と兄はふたりで腐った畳を見に行きました。そこには畳から湧き出して来る無数のカブトムシがいました。その量は驚くべきものでした、子供だった私と兄は盆と正月がいっしょに来たくらいの興奮で、出て来るカブトムシを手づかみで捕えました。しかし、入れる籠がないと手では持ちきれません。

朝は、数匹大きなものだけを捕って後は学校が終わってからということになりました。夕方、学校から戻るとカブトムシの川は無くなっていました。私は兄が帰宅するのを待ち、夕日の中で畳を掘ってみました。あちら、こちらの穴にサナギとなったカブトムシが見えます、まだ白いものや黒くなって今にも成虫が出てきそうなものもありました。

私と兄はリンゴ箱に目の小さな網を張ってカブトムシ収容のための箱を製作しました。翌早朝、再びカブトムシの川が現れたのです、私と兄は夢中でリンゴ箱の中にカブトムシを詰め込みました。この捕獲作業は数日続きました。その後は、川になって押し寄せるようなことは無くなったため、畳を掘り返して捕っていました。その夏に捕獲したカブトムシの数は数百匹に達しました。

夏の終わりに、溜まったカブトムシは国道脇に小さな机を持ち出して販売しました。不思議と国道を通る家族連れの目に留まりオス500円、メス200円で調子よく売れていきました。ほとんどを売りきったような記憶があります。

こんなに貢献してくれたカブトムシが何故嫌いなのか?茨城の方言でカブトムシのメスを「まぐそ」と呼ぶそうです。その形状からそう呼ぶと思ってる方が多いと思いますが、私はそうではなくて馬糞の中で生育するから、そう呼ばれているのだと思います。私と兄は、腐った畳からカブトムシを採集するうちに、段々とカブトムシが嫌いになっていったのです。

とにかく集まると何かよくわからない体液は出すし、汚いところから這い出してくるし、こうして私はカブトムシを捕らなくなっていきました。たまに樹皮にびっくりするような巨大なカブトムシを見つけたこともありまっしたが、結局捕獲しませんでした。私にとってクワガタムシはクールでカブトムシは泥くさいのです。

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