富山県民が閉鎖的だからって、それは本間会長の私見ではないのでしょうか?

富山県富山市に本社がある産業機械大手メーカー・不二越の本間博夫会長の人材に関する発言が波紋を呼んでいます。本間会長は7月5日、本社を東京本社に一本化する発表した会見の席上で「富山で生まれて幼稚園、小学校、中学校、高校、不二越。これは駄目です」「富山で生まれてひほうの大学へ行った人でも極力採りません。なぜか。閉鎖された考え方が非常に強いからです」と富山出身者を否定する発言をして物議を醸しています。

株式会社不二越は1928年に創業、従業員は不二越単独で2,945人、連結人員では6,775人の一部上場企業です。油圧機械を中心に製作、これまでは富山と東京の2本社体制をとってきましたが、今後は東京本社で一本化し、ロボット事業を核に社業を進めていくらしいです。その発表の場で本間会長は「富山出身は採らない」と発言したのです。

本間会長は自身の40年にわたる印象からの発言だと述べていますが、よほど富山に対して嫌なイメージがあるのかと思ってしまいます。本間会長は青山学院大学を卒業し1960年に不二越に入社、現職は2009年からです。青山学院卒業後、富山の会社に入って47年の経験に基づく発言のようですが、日本でもトップクラスのメーカーの会長の発言としては妥当なものとは思えません。

富山県民の間では「富山県民を一括で否定するにはやめてもらいたい」「地元をバカにするな、気分が悪い」といった嫌悪感を示す声がある一方で「閉鎖的なのはほぼ当たっている」「本当のことを言われて、反対に文句が多いのかな」と本間会長の意見に同調する声もありました。

しかし、この問題は県民性とかの問題ではなく、大手機器メーカーのトップが地域を特定してダメ出しをしたことが問題だと思います。なぜ、働く人の能力を地域で判断するのでしょうか「採用試験の結果として否採用者の内容を見たら、たまたま富山出身が多かった」というのならまだわかりますが、来るな、来ても入れてやらない、と拒絶するのは大きな問題ではないのでしょうか?

ましてや、富山で生まれて富山が育てた企業が富山の人間を拒絶することがあって良いのでしょうか、もし、京セラさんが京都の人間は「閉鎖的だから」と採用しなかったらどうなるでしょう。京都が建前的に地域性を”排他的”と言われるのは有名です、要は閉鎖的と言われているのと同等です。であれば、ワコールや京セラは京都出身の人間を「閉鎖的」だと拒むことができるのでしょうか。

今回の本間会長の発言は、個人の「失言」だと思います。個人的に誰かが嫌いだったりはします、しかし、それは個人の意見ですから酒を飲んで酔ったときにでも好きなだけ言ってください。公式な場所では「失言」です、なるだけ早い時期に富山県民のみなさんに謝罪をされるべきです。

 

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