不倫や離婚を話題にするなら”伊達公子”の2度目の引退を書け!

「一線は超えていません」「転びそうになって手を取ってもらっただけです」「ホテルでは寝てしまいました」もう、いいのではないしょうか?どこの誰が誰と倫理に合わないことをやったって、そんなに騒ぐなら「姦通罪」でも復活させたらどうなのでしょう、うんざりです。そう思いませんか、そんな中で女子プロテニスの伊達公子さんが2度目の引退会見を9月7日に行いました。褒めてあげようじゃありませんか、もうすぐ50を迎えなんとする中年女性の果敢な挑戦だったのです、もう体はボロボロになっているようですが、記者会見時の真っ黒に焼けた顔に白い歯で笑う姿を見ると「お疲れ様でした」と言ってあげたくなります。

9月28日には47歳の誕生日を迎える伊達選手は白いスーツに身を包み、終始笑顔で会見に臨みました。近年は怪我に苦しみ、昨年は2月と4月に左膝半月板を手術。リハビリを経て今年5月に復帰しますが、7月に3週間行ったアメリカ遠征で肩を故障「少しづつ『決断をしなければいけない時期なのかな』というのが膨らんできた」と心境を告白しました。帰国して8月の上旬にコートを去る決心をしたといいます。

11日開幕のジャパン女子オープンが最後の試合となります。満身創痍の中「何か見えない力が最後に働いてくれると信じて当日を迎えたい」と最後の力を振り絞る覚悟をを見せてくれました。会見でブログに載せた『決断』という投稿について聞かれると「自分の気持ちは衰えることもなかったですし、時間をかければ必ずできるという思いをずっと持ち続けていました」と答えています、彼女は続ける意思はあったのです。しかし肉体的なものがそれを許さなかったということでしょう。

スポーツ選手のすばらしさは誰にも破られない記録を打ち立てる事や目の覚めるような鮮やかなプレーをすることばかりではないと思います。彼らは自分たちの闘う姿を通して「可能性」を見せてくれるのだと思います。コート上の格闘技と言われるテニスに40代で復帰し、今日まで戦い続けた伊達公子という選手は「可能性」を私たちに見せてくれたのだと思います。今なお、大リーグでプレイするイチロー選手もそうではないでしょうか、彼らが自分のパフォーマンスを見て感じて欲しいのは「意志を持って立ち向かい、戦えば可能性は無限だ」ということではないのでしょうか。

私は年を取るということは「可能性を失う」ことだと思っています。伊達選手は決して可能性を失ってしまったのではないと思います、プレーヤーとしての寿命は肉体的に来てしまったけど、人間・伊達の可能性はこれからも広がっていくと思っています。それがテニスじゃなくても、また、その活躍する姿を見せてほしいものです。ガンバレ!伊達!

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA