若い人は北朝鮮に行っていたアントニオ猪木氏を知っていますか?

参議院議員のアントニオ猪木氏は9月7日に平壌に入り8日、朝鮮労働党で外交を統括する李副委員長と会談しました。スポーツ交流を中心に日韓関係を話し合った他、北朝鮮が実施した核実験や弾道ミサイルに関しても意見交換した可能性があると見られています。猪木氏は会談冒頭、北朝鮮の挑発行動などにより朝鮮半島で緊張が高まっていることを念頭に「こういう時期だから訪朝しなければならない」と語りました。

李氏は朝日友好親善協会の顧問を務めています。李氏は金正恩党委員長のスイス留学を世話した人物で金氏の信頼が厚いとされています。会談には同協会会長の劉明善党副部長も同席しました。猪木氏の訪朝は昨年9月以来、前回の訪問の際も李氏と会談しました。今回は9日の建国記念日に合わせた訪問で、11日まで滞在しました。

なぜ緊張が高まっている「この時期」に訪朝できるのか?

アントニオ猪木氏の訪朝はこれが実に32回目となります。なぜ、そんなに猪木氏が訪朝を繰り返すのか?一説には「北朝鮮のスパイになった」「北朝鮮に女がいる」などと言った噂が出ていますが、まったくのデタラメです。猪木氏はプロレスラーとして有名になる前は「力道山」の弟子として彼の付き人をしていました。付き人をしていた当時は知らなかったのですが「力道山」は在日で北朝鮮の出身だったのです。猪木さんが付き人として新潟を訪れた時には北朝鮮から万景峰号で娘さんが来ており会いに来たのでした。当時は猪木さんも知らなかったと言います。

猪木さんは横浜の出身で純日本人ですが力道山さんがブラジルでプロレスラーとしてスカウトしたことから、当初はブラジル出身の日系人として紹介されていました。これもプロレスの興行に優位だということだけで、しばらくは横浜の出身であることは伏せられていました。猪木さん自身が力道山さんの詳細を知ったのは、初めて参議院議員に当選した89年のことでした、猪木さんが北朝鮮に興味を持ったのは力道山さんの娘さんがいたことや師匠である力道山さんが北朝鮮の出身であったからでした。

アントニオ猪木という人は1・2・3ダァ~って感じの人です

引用 東京スポーツ新聞社

アントニオ猪木さんは政治家をやっていますが、かつては「燃える闘魂」として日本のプロレス会を代表する人でした。若い人たちには印象が薄いかもしれませんが私たちの世代にとってアントニオ猪木と言えば”格闘家”でありプロレス最強を体現してきた男なのです。1976年に当時プロボクサーとしては世界的に神格化されていたモハメド・アリと異種格闘技戦を行います。当時の子供たちの間では猪木が勝つかアリが勝つか、それはもう大変な盛り上がりでした。

今では多くの格闘技団体が立ち上げになり打突系とか関節技系とか、いろいろと大会もあってそれぞれにファンがいるようですが、猪木さんが異種格闘技で闘っていた頃は、そんな暴挙をするのは猪木さんくらいで私たち取ってアントニオ猪木は本物のヒーローだったのです。当時はボクサーだけではなく人気が出てきていた極真空手のアメリカ支部にいた「熊殺し」の異名を持ったウイリー・ウィリアムスさんとも闘いました(実際に彼は熊と闘い勝った経験を持っていました。)アントニオ猪木とはそういう人だったのです。ですから訪朝に対して何か裏事情があるとは考えにくいのです、そうです思い立ったらやらずにおれない人なのです。

あの頃の感動とワクワク感はもう味わえないのでしょう

猪木さんはレスラーとしてだけではなく実業家としても有名です。よく話が出てくるのは『タバスコ』を日本に紹介した事業家としてです、しかし、初めて日本にタバスコが入って来たのは戦後すぐくらいで、その頃は猪木さんは小学生でした。猪木さんは自身で株式会社アントントレーディングという会社を設立しレストランや香辛料の販売を手掛けました。この時、広くタバスコを販売したのがきっかけで猪木さんがタバスコの初代輸入元のように思われているのです。

レスラーとしても事業家としても「燃える闘魂」らしいスタイルを貫かれました。そのせいか、事業での成功のお話はあまり聞いたことはありません。猪木さんも既に74歳です、政治家としての使命が訪朝を促しているとしたら、どうかその闘魂で北朝鮮の暴挙を食い止めてください。おそらく「やってるだろうが1・2・3・ダァ~」と言われるのでしょうね。頑張ってください!

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