宮崎勉の肉声が明らかに、今夜フジテレビで「30年目の真実」を放送 『何を今さら?』

今夜、あと1時間後くらいにフジテレビで「衝撃スクープSP 30年目の真実~東京・埼玉連続幼女誘拐殺人犯~宮崎勉の肉声~」が放送されます。事件から30年目の今年、明らかになった肉声と関係者への詳細な取材とともに新たな事実を浮かびあがらせるといいます、宮崎勉氏は1989年7月の強制猥褻容疑で逮捕され、その後東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の犯人として裁かれ、2008年6月17日に東京拘置所で死刑が執行されます。既に刑は執行され宮崎氏は亡くなっているのです。

宮崎氏の生い立ちに関してはいろんな形で取り上げられていますが、ざっとおさらいしてみます。東京都西多摩郡五日市町(現あきるの市)に1962年に地元の新聞会社を経営する裕福な家に生まれました。家族は祖父・祖母・両親・妹2人の7人家族。祖父と雇った子守の男性に幼少時は育てられたといいます。宮崎氏はおさない頃から手首を回せない珍しい障害がありました。この障害のため非常につらい思いをしたようです。

小学校時代は「怪獣博士」と呼ばれ怪獣に夢中になりました。成績は上位にあって算数が得意でした。中学に入るとスポーツにも熱を入れ陸上部に入り、通信教育で空手を習ったりもしました。手の障害は本人にとっては大きなハンデであり、高校はそのことを気にして自宅から2時間もかかる男子校だった明治大学付属中野高等学校へ進学しますが成績は振るわず、明治大学への推薦入学も叶わず思ったような結果とはなりませんでした。

高校卒業後の1981年、東京工芸大学短期大学部画像技術科に進学します。俳優の川崎麻世さんは短大の同級生でしたが、宮崎氏の逮捕時のインタビューでは「僕は記憶がいいし、クラスは80人くらいだったので、忘れるはずはないのだが、そんな奴の記憶はない。同級生にも聞いてみたけど、誰も覚えていなかった」というほど影が薄かったといいます。どうも、ここに宮崎勉氏の”なにか”があるような気がします。

身体的障害を持ち、年齢が進むほどに学業の成績は落ち、望んだ方向に進めず周囲からは存在を感じてもらえないような人物。それが、宮崎勉氏だったのです。今回の番組でどのように描かれるかは知りませんが、同じ年に生まれた私には同時代を生きた者として「彼」の考えが少しわかるような気がします。彼の思ういろんなことが『思うようにならなかった』のです。そして、彼は自分の思うようになる世界を見つけたのではないでしょうか?

東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件

この事件の特異性から戦後初めて「プロファイリング」の導入が検討されたそうです。事件は4歳から7歳という低年齢の女児が被害者で、事件発生後に犯行声明が新聞社に送りつけられ、野焼きにされた被害者の遺骨が遺族に送り付けられるなど「劇場型」の犯罪として進行、当初から激しい報道合戦が行われ後に犯人の父親が自殺したことで「メディアスクラム」をはじめとする報道の在り方が疑問視される事件でもありました。

事件の具体的な内容に関しては詳細が公開されていますので、文字で確認するか今夜(もう始まってしまいました)のフジテレビの番組でご確認ください。

事件に伴い宮崎氏の自宅が捜索され「5,763本ものビデオテープ」を警察は押収、74名の捜査員を投入してこれを分析します。2週間の捜査によって被害者幼女殺害後に撮影したと見られる映像が発見されます。そして1989年9月2日に起訴され、宮崎勉氏の供述により遺体が発見されたため、一連の事件犯人として追起訴されることになります。

宮崎氏は公判において「犯行は覚めない夢の中でやった」「ネズミ人間が現れた」「俺の車とビデオを返せ」など、不可解かつ身勝手な発言を繰り返し、精神的な異常を偽装しようとしていました。

そんな宮崎氏を今更取り上げて「スクープ」とはなんなのでしょうか?彼は孤独で自分の世界に逃げ込むために幼い女児を巻き添えにして殺害したのです。単なる弱く愚かな身勝手人間でしかありません。それを取り上げて特番を作る気が知れません、私見です。どっかの阿保議員やゲス不倫タレントのネタといっしょで、興味本位で見たい人はいるでしょう、しかし、その存在を否定すべき”悪しきもの”の記憶を掘り起こす、その神経がわかりません。

絶対的な犯罪者であれば、その本質を掘り下げても意味があるのかもしれません。しかし、どこにでもいる平均的庶民からの突然変異を特別なものと捉えるのは賛成できません。みなさんはどうでしょう?ぜひ、今夜の番組を見て結論を出してください。

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