黒板五郎が言った「まだ、子供がたべよるでっしょ」が忘れられない、田中邦衛さんお元気ですか?

引用 北の国から

ドラマ「北の国から」で田中邦衛さん演じる黒板五郎子供達を連れて閉店時間の迫った食堂でラーメンを食べるシーンがあります。店を早く締めたい店員の女性は器を下げてもいいか尋ねます。まだラーメンが残った器に手をかけようとする女性に黒板吾郎は言うのです『まだ、子供が食べよるでっしょ』なぜか、このシーンが思いだされて仕方ありません。

恐らく、田中邦衛さん以外がこのラーメンを食べるシーンをやっていても、大した印象には残らなかったと思います。ただ、器を引こうとした店員に軽く声を荒げるだけの場面なのですが、そこには子供に対する思い、今の自分に対する情けなさ、いろんな感情が混ざり合った状態が表現されていました。大した役者さんだと思いました。

田中さんの姿を見なくなったのは2012年、ドラマ「北の国から」で共演していた地井武男さんがなくなり、そのお別れの会で“お礼の言葉”を述べたのが公で拝見する田中さんの最後のお姿でした。その後、2015年に「北の国から」のプロデューサーが亡くなった際に、葬儀を欠席したため、死去の噂が流れましたが単なるデマでした。

田中邦衛さんは、今どうしてる?

田中さんは2015年に高熱を出して入院、その際のベッド生活の影響で足腰が弱ったため、以降リハビリのために施設に一時的に入居しました。しかし、現在は自宅で療養中であることを妻の康子さんが語っています。田中さんが尊敬していた高倉健さんが亡くなったのが83歳、田中邦衛さんは既に84歳とその歳を超えています。

現状を2017年10月13日号の『週刊ポスト』では

【引用 週刊ポスト】
「スロープは主人のために昨年付けました。体の状態ですか?車椅子の時もあれば、歩ける時もあります。芸能界への復帰については...分かりません。ただ、元気になってきていることは事実です。」

康子夫人のコメントでした。どうやら、スクリーン上で田中さんを見ることは難しいようですが、元気にはされているようです。早く車椅子を使わずに散歩に行けるようになればいいですね。

田中邦衛さんのモノマネをしたら「それ誰ですか?」と聞かれた。

私はいくつかモノマネができます。その数少ないモノマネレパートリーの一つが田中邦衛さんです。先日、事務所で「足の伸ばせる風呂に入りてー」「あれがあれがオホーツクか?」などと田中さんの口調を真似て話していたのですが話していたのですが、若い人から「それなんですか?」と言われてしまいました。20~30代の世代だと、映画に出演していた田中邦衛さんどころか「北の国から」の黒板五郎さえ知らない人がいるのですね。

まあ、仕方ないことではあります。自分が知っているからと言って、他の人は知っているとは限りません。田中さんは岐阜県土岐市で生まれ短大卒業後は中学校で英

引用 北の国から

語の代用教員をしていました。3度挑戦して俳優養成所に合格し、3年間の養成期間を経て俳優座の正式な座員となり俳優人生をスタートさせます。

当初は加山雄三さんの「若大将シリーズ」で敵役の“青大将”を演じ人気者になります。1965年には『若者たち』に出演、毎日映画コンクールで男優主演賞を受賞します。以降、高倉健さんと組んだ「網走番外地シリーズ」ではコミカルな役を、1973年から始まった実録シリーズ「仁義なき戦い」では姑息で狡猾なヤクザを演じました。以降、東映には欠かせないバイプレーヤーとして活躍しました。

1980年代以降は映画への出演は減っていきます。そして、1981年からの『北の国から』シリーズで北海道の厳しい環境の中、男手ひとつで2人の子供を育てていく、朴訥な優しい男、黒板五郎を演じ広い世代で、その名を知られることになります。

最後の出演作品は2010年製作「最後の忠臣蔵」でした。映画の世界では高倉健さんが大好きだった田中さん。1985年に「夜叉」で高倉健さんと共演した際には、同じ共演者にビート武さんがいたことから「武ちゃんから漫才習おうよ」と高倉健さんから漫才コンビに誘われたことが、とてもうれしかったそうです

ラーメン屋で親子連れを見かけると黒板五郎の「まだ、子供が食べよるでっしょ」のセリフを思い出してしまいます。たくさんの映画やテレビドラマを残してきた田中さんです、これ以上のものは必要ありません。後は、体を大事にして長く生きてください。

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