選挙は禊なのか、負けた豊田真由子と勝った山尾志桜里の「天国と地獄」

台風が接近する最中、第48回衆議院議員選挙が行われました。私もジャジャ降りの大雨の中を投票所となっていた小学校まで行ってきました。年を経るにつれて「この1票を投じなければ」という意識が高まってきています。家内や子供たちは大雨の中、投票に行くのを嫌って投票はしませんでした。社会の縮図がそのまま家庭に投影されているようでした、行くもの行かざるもの。そして、その結果として勝者と敗者が生まれるのです。政治家というのは特殊な人種だと思っています、激しい戦いを勝ち抜き「政治家」に成るのに一般人では考えもつかない倫理感を持って行動するようになるからです。その典型的な例を見てみましょう。

山尾志桜里氏は無所属で立候補し「安倍さんが本当の敵です」と、まるで小池劇場のように仮想敵を作り笑顔と安倍氏打倒で選挙戦を展開しました。昨日の開票結果前に当確が出た際には「前回の選挙の約束が、首相にとって厄介な声になる、首相の道には子供たちは並ばせない、だった。この2つの約束については2期目の国会で一定程度の実績を出させていただいた。この点が、一定の評価をいただいたのではないか」と語りました。愛知県長久手市の選挙事務所で記者団に対応する山尾氏は終始、笑顔でした。

「よかと」ですか?山尾氏は週刊誌で既婚男性との交際疑惑が報じられ、9月に民進党を離党しました。ご本人は「公私を明確に分け」と声高に叫んでおられましたが不倫(疑惑)したのも安倍さんに文句を言っていたのも同じ山尾さんではないのでしょうか、公と私を自分流で分けるのは勝手なのですが、やっていないという事よりも「やっていても不思議がない状況」を作った脇の甘さ、倫理感の欠落に問題はないと判断されての当選で良いのでしょうか。

あの稲田元防衛相も山尾氏同様のご当選です。「政治家」とは不思議な人種です、地元とか基盤とか呼ばれる地域共同体が”こうした”人たちを育てているのです。投票した理由は何ですか?「笑顔がいいから」「あんなにしててもやるときはやるんだから」そうですか、私にはそうは見えませんが基盤を形成する人たちにとっては政治家に値する人物に見えるのでしょうね。

政治団体から見放されれば基盤なき政治家は、もはや「はぐれ鳥」

対照的な結果に終わったのが埼玉4区から無所属で立候補した豊田真由子氏です。元秘書の方に対する暴言や暴力は気分が悪くなるくらい酷いものでした、それだけのことをやっておいて出馬というのは、やはり「政治家」という人種特有の行動なのでしょうか。選挙に政治家になった者は選挙で政治家でなくならない限りは、目が覚めないのでしょうか、しかし日常的な暴言暴行が公表された時点で彼女は”人々の政治家”ではなくなっていたのです。彼女は議員バッジを付け、政治家だったのかも知れませんが「選ばれた人」では無くなっていた筈です。

昨夜10時50分くらいに、自民党候補の当選確実が報道されると、埼玉県新座市の事務所に集まった支援者からは「あ~」とため息が漏れました。その後、グレーのスーツ姿の豊田氏が姿を見せ、深々と頭を下げて「全て私の力不足。団体の支援もない草の根の選挙で、厳しい戦いだった」と今回の選挙を振り返りました。支援者を前にすると声をつまらせながら「申し訳ないという気持ちでいっぱい」と語り涙を流しました。今後について聞かれると「全く考えていない。」と述べました。

私の倫理感では山尾氏と豊田氏は同じ種類の「政治家」なのです。基本、自分が好きで自分が可愛いのです、そんな人は「政治家」になるべきではないのです。人の為に働きたい、人の事を考えたい人が「政治家」になるべきです。私の理想としては現職期間中に倫理規範を超えた行動を取った政治家はペナルティとして、以降5年の立候補を禁じるとか、そういう規則を作ってもらいたいです。

でも知っていますか、「人」の「為」と書くと「偽る」に成るということを。文字が生まれた時代の人には既に「人の為と言って働く人は、偽善者」だと知っていたのです。

 

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