無人機械の普及が仕事を奪っていく、どこまで広がるのか無人化の波。

自動運転できる○○があれば便利なんだが、と言って諦めてきた時代は終わりましたAIの進化が無人化の時代に拍車をかけているのです。かつては大規模産業として 一般企業では参入できなかった自動車産業にITなどの一般ソフト系の企業が参入するようになったのもその現れです。これまでは「ロボット」と呼び遠い存在のように感じていたのですが、そうではありません。外に出ればスマホですべて自宅の電化製品が作動でき、炊事・掃除・洗濯が家の中にいなくてもある程度可能な状況になってきているのです。

荷物の配送には「ドローン」を使うことが検討され、一部地域では試験的に実施されています。想像してみてください、友人からの贈り物がドローンで飛んでやってくるのです。スマホを取ると友人からの電話「今、酒送ったから2時間くらいでドローンが届けるよ」そして、独特の音が響いたと思ったらきっかり2時間後にドローンが酒を抱えて飛んで来る。法整備は整えば、そんな光景が実際になるのです。

無人航空機なども頻繁に利用されるようになってきました、特に軍事目的には早い時期から利用されています。先般も韓国の林の中に北朝鮮の無人偵察機が落ちているのが発見され、搭載されたカメラが日本製だと報じられていました。もう、どんな技術であれ使い方を規制することはできない時代なのです、それは軍事目的で利用できないだろうと思うのは開発側の思惑であって、使う側からは無関係なのです。

軍事では無人機の性能が高くなっており有人での空中戦などなくなってしまうのかも知れません、パイロットはパネルパイロットと化しモニター上に映る敵機を相手にしながら戦争をするようになるでしょう。というか、既にその時代に入ったのかも知れません陸上戦闘車や海上戦闘船に関しても無人化することは難しいことではなくなって来ています。

危険な作業や体力を必要とする現場は全て無人化されていくのか

戦争などの危険度の高い場所でなくても肉体的にキツイ職場や精神的にストレスを感じる長距離陸上輸送などの職場では無人化が推進されていくだろうと考えられます。なぜなら、労働効率が良いことは一番なのですが、それ以上に人間と代替することにより多くのリスクから企業は解き放たれることになります。肉体的にも精神的にも疲弊することの機械ですから、肉体や精神の損傷に対する補償責任が無くなるのです、必要なのは機械に対するメンテナンス作業と操作業務だけです。

先般、熊本地震の復旧作業に自動重機が使われていました。いつまた崩れるとも知れない崖崩れの現場では、人間が入って重機を操作することはできないのです。恐らく推測に過ぎませんが数が少ない自動重機の操作を行うスタッフはまだ少なく、重機生産よりも操作スタッフの育成の方が追いついていないのではないかと思うのです。どんなに作業性が向上して人手が必要なくなったとしても別の場所で「人の力」が必要とされるのです。

東京オリンピックの際に「新幹線」が整備され、2日かかった出張が1日で済むようになり時短による作業性は向上していきました。同じように作業・製造の場でも同じように作業性能があがり生産性は高まっていきました。では、その結果どうなったのでしょう。私たちはその進化した分だけの幸せを受け取ることができたのでようか「便利」の言葉に代わって「忙しい」が増えたのではないでしょうか。

映画などで「機械」と「人間」の戦いが描かれるのは人間の機械に対する潜在的な恐れなのではないでしょうか、自分では良かれと思って技術を進歩させ、より人類の幸福に寄与したと自分では思っていても、どこかでそれを疑う気持ちがあるのではないでしょうか。ドローンが荷物を運ぶ、でも関係のない民家に落ちたらどうすれば良いのか、関係のない人間に操縦を乗っ取られたらどうするのか、どんな状況になっても人間である以上危険への不安から解消されることはありません。

私が不安を抱いたのは小型のドローンを見た時です、カメラ機能を搭載したドローンがわずか1万円程度で購入できるというのです。そんな時代になってきたということに不安を覚えました、夢で「自分を小型化したロボット」を買うのを見る時が来るような気がします、そして、それが現実となっていくのです。近い将来機械化によって失われる労働力が失業率の○○%というように報道される時代が来るでしょう。あまり、長生きはしない方が良いようです。

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