驚くのはまだ早いのかも知れない、9遺体は氷山の一角かもしれない白石容疑者の深い闇

昨日朝、ブログを更新した時点では座間の事件はクーラーボックス内で2体が発見されたという報道でした。しかし、午後になって部屋からは9遺体が発見されたと新たな情報が流れました。テレビのニュースでは犯人とされる白石容疑者の住むアパートの映像が流され「二階建て5つある部屋の中央です」とどの局も、白石容疑者のシャターの降りた部屋を映します、アパート前には信じられないくらいの報道関係の車輌が列をなしているのが見られました。

最初の報道を見た時に嫌な予感はあったのです。「数が増えるのではないか」そんな気がしたのです、今もまた嫌な気分なのです。白石容疑者は逮捕後「8月末に引っ越してきてから9人を殺した」と供述したそうです。では、それ以前に住んでいた場所では何事もなく平穏に暮らしていたのでしょうか、8月末からの犯行となると約2か月間で9人を殺害・解体したことになります。1週間に1人は処理しなければ間に合わないペースです、というか間を空けることなく殺害と処理が繰り返されていたことになります。

27年生きて来て急にここで9人殺して遺棄したとは考えづらいのです。過去の殺人事件を見ても、これだけ短期間に多数の人間を殺害したケースは見当たりません。もちろん、昨年起きた「相模原障害者施設殺傷事件」のようにその日に19名を殺害、26名に重軽傷を負わせた大量殺害事件も過去にはありますが。この場合、死体を隠すとか捕まることを回避するとかいうことはまったく考えていません。障害者を「殺害」することが目的だったのです、犯行に及んだ植松容疑者は思想的に偏重した考え方を持っており、障害者を”排除”しなくてはならないと信じ込んでいたのです。単独での大量殺人ということから言えば、この植松容疑者こそが戦後最悪の殺人者であることは間違いありません。

相模原の事件が社会に与えた影響は非常に大きなものがありました。しかし、1年を経過した現在多くの人の記憶は薄れてきているのではないでしょうか、それはわかりやすい図式における事件だったからです。その証拠に事件後に「植松はヒーロー」などとするツイートがなされるなど、犯行を肯定する者さえ出てきたのです。彼は自分たちと障害者を別の存在だと考え「排除」しようとしたのです。それは思想や人種の違いから殺し合うのと同じ原理であって、理解はしやすい構図だったのではないでしょうか。(※相模原の事件はあってはならないことだと考えています。犯人の考え方をわかりやすいとしているだけです。)

白石容疑者は捕まらなけらばライフワークとして同じ犯行を繰り返していたのか?

ここでちょっと変な話をしてもいいでしょうか、私には白石容疑者がここで捕まったことは神の啓示だったような気がするのです。もし、彼がここで捕まっていなければ「行方不明」の人間の数が増えるだけで「連続殺人事件」が起っていることは露見しなかったのですから。また、戦後に日本で起きた大量殺人事件の被害者の数は8という数字に関係したものが多く「小平事件」(8件の起訴)、「和歌山一家8人殺害事件」(8人殺害)、「北海道一家8人殺し事件」(8人殺害)、「おせんころがし殺人事件」(8名殺害)これはあくまで私見ですが、人の行いとして認められざるものとして神が8で止めようとしている気がするのです。残念ながら今回は9人に達していましたが、女性の被害者は8人です。

今回、容疑者の部屋から見つかった遺体は9体。恐らくは既に報道されたように頭部が発見されたのだと思います、テレビ報道でゲストコメンターは「身元がわからないように」頭部は処理しなかったと解説していましたが、それはどうなのでしょう。首から下は難なく処理業者のよう手早く片付けているのに頭部だけできないと考えるのは矛盾しています。恐らくは戦利品としての頭部だったのではないでしょうか、釣り行っても最初から魚拓をとる人は少ないと思います、同容疑者も犯行を重ねて行く中で頭部を残すことを思いついたのではないかと考えます。

とするならば、座間は「新しい狩場」としての位置づけになりはしないでしょうか。そう考えれば既に”廃れた狩場”が彼にとって存在してもおかしくありません。あくまで私見です。今日報道された彼の仕事や周辺の人間の印象などから白石容疑者の持つ闇は「とてつもなく大きい」のではないかと思ったのです。事件がここで終結することを望みますが、まだ広がりを見せるようなら私たちは想像力を超えた信じられない「深い闇」を見ることになるかもしれません。

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