犬や猫ではないらしい「ペット」なのだそうだ、下手したら”第3家族”かも知れない。

私が初めて飼った犬は雑種で毛が真っ白だったので「ホワイピー」と呼んでいました。私が住んでいたのは山間部だったので「犬を買う」などという制度はなく、犬は「もらうもの」でした。近くで子犬が産まれたら、その家の人間が「犬はいらんか」と近所に言っておくのです、数日で近隣に子犬が産まれたことが広まり、欲しい人がもらいに来ます。

ホワイピーも兄と一緒に歩いてもらいに行って、交代で抱きながら帰ってきました。それから6~7年、我が家の番犬として頑張ってくれました。食べるものは、私たちといっしょで、人間が食べ残したものを食べていました。主に味噌汁のぶっかけゴハンでした。

ホワイピーは雑種で、その役目は家に来た人間に吠えることでした。彼は忠実にその任務を果たし、餌に味噌汁のぶっけゴハンを食べていました。小さなころは、車に轢かれる可能性のもあったので首輪を付けて散歩させたりもしましたが、成犬になってからは夕方に鎖から外して自由行動をとらせていました。そのことによって、近所に迷惑をかけたり、帰ってこなかったりなどの面倒は一切ありませんでした。

ホワイピーは私が中学生の頃、老衰で死んでしまいました。動きが鈍くなって犬小屋から出てこれなくなって間もなく眠るように逝きました。いい犬でした、兄と庭の外れに穴を掘って埋めてやりました。墓標は立てなかったような気がします。これが、私とホワイピーの物語です。当時、犬のことを「ペット」などと呼ぶことはありませんでした、世の中もそこまで犬猫大事の時代ではありませんでしたから。

そして我が家に「トイプードル」がやって来た

8年近く前でしょうか、一戸建てを買った際にカミさんと娘から「犬を買いたい」という話がありました。文字通り“犬を買う”と言う話です、私は笑ってスルーしました。一戸建てとはいうものの犬小屋を置くようなスペースはどこにもなかったのです。5戸の狭小住宅が並ぶ区画では「庭」と呼べるようなスペースはなく、仮に犬小屋が置けたとしても近所迷惑で飼うことは無理だと思ったのです。

カミさんと娘は諦めませんでした、毎日、どよんと恨めしそうな目で私を見ながら「犬買って」と繰り返すのです。私は「金もなかし、場所もなかろうもん」と跳ね返しましたが、娘は薄ら笑いを浮かべて言うのです「なんば言いよると、今時、外で犬ば飼うバカはおらんめえもん」私はびっくりしました、この人たちは家の中で犬といっしょに住もうとしているのです。

確かに太古の昔から「犬は食べ物じゃないよ、友達だよ」って感じで犬は大事に飼われてきました。しかし、私には同じ家の中で犬と暮らすなど考えも及びませんでした。犬は外、人は中、それが私の「犬と人」との関係だったのです。

一カ月にわたる“ねちねち”攻撃に負けて犬を買うことになりました。私の頭の中にはゴールデンリトリバー的な大型犬のイメージがあったのですが、娘から「バカやない」「そんなもん誰が散歩させると」「だいたい、この家じゃ狭かろうもん」と激しく攻撃され、非常識なオヤジとして“犬選び”からは外されてしまいました。

紆余曲折がありながらも我が家に“ペット”が来ました。『トイ・プードル』です、ホーム・センターで売られていた彼は20万近くの価格で、小さな檻や水の飲ませ装置などを含めると30万近くの出費でした。田舎ではタダの犬が、なんと30万円もするのです。私は茫然としてしまいました。

しかし、敵対心を持てたのも1日、2日程度のことでした。この“ペット”がなんとも可愛いのです、ちょこちょこと歩き頭を傾げるその姿は愛らしいと言うほかはありません。私もすっかり絆されてしまいました。それに①毛が抜けない②ドックフードしか食べないからフンが臭くない③元猟犬の改良種なので利口、と家で飼うために生まれてきたような奴だったのです。

私は思いました田舎で飼っていた「ホワイピー」のような“犬”はこの人口密集地区では飼えないのだと、飼うのはこのトイ・プードルのような“ペット”なのだと。今ではすっかりトイ・プードルに魅了されてしまい「ちゃん」付けで呼ぶ始末です。私は思うのですが、かつては人が犬を飼って共存したのですが、今は犬がペットとなり並列な位置づけで家の中に存在する時代になったのだと。

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