半崎美子・ショッピングモールの歌姫が支持される理由とは……

朝の情報番組で「半崎美子」さんが取り上げられていました。彼女が話題となったのを見たのはこれが二度目です。最初に見たときはショッピングセンターを中心にライブ活動をやってきて、このところヒットの兆しが見えてきた異色の歌手みたいな紹介のされ方でした。

今回は「泣ける歌手、半崎美子」みたいな感じで、彼女の経験や支持してくれるファンの身の上に起こった出来事から彼女の歌が生まれており、その背景に聞く者が涙するのだと紹介されていました。

【引用 半崎美子HP ハンザキスト倶楽部】
私は北海道のシンガーソングライターです。
半崎美子と言います。

幼少期に習ったピアノは、すぐやめました。
そろばんもバスケットも、続かず。
演劇も結局やめてしまう。
どれほどのお金をかけてくれていたのか、
今さらながら骨身に染みています。
運動も勉強もそこそこで、特に表立って書けるようなものがありません。
唯一あるとしたら、歌はずっと好きで、
高校の学園祭の歌の大会で、ドリカムの「好き」を熱唱して、
1位という称号を初めてもらいました。
それくらいです。
でもその時は、これまで経験した事のない不思議な感覚を覚えました。

札幌大学経営学部へ入学して1年で中退しました。
東京に上京して、本格的に音楽活動がしたくなったからです。
一生懸命勉強して受験して、やっと合格した大学を、
何事もなかったかのようにあっさりと辞めてしまうほど、
歌への情熱は日に日に増していました。
じゃぁ何故大学に入ったんだと問われると
まさに衝動的という言葉しか見つかりません。

~中略~

私がこの世からいなくなっても、音楽が残り歌い継がれていくことを願っています。
自分の歌には、自分自身より長生きしてほしい。

そして一番の望みは教科書に自分の歌が載ることです。

~後略~

自分の好きな歌を歌う人はテレビの向こうとは限らない

引用 デイリースポーツ

上記の半崎さんのプロフィールはご自身のホームページに載せられているものを引用させていただきました。彼女は「紅白」に出ることは目標にしていませんし「ミリオンセラー」の曲を書くことを目的にしているわけでもありません。彼女は自分の歌を残したいと願い一番の望みとして教科書に載ることを望んでいます。

約17年に及ぶ個人での活動を経てメディアに露出するようになった彼女はシンガーソングライターとして有名になりました。ショッピングセンターの女王は、やっとメディアで取り上げられるようになったのです。しかし、彼女は今もショッピングセンターで自らMCを兼務しながら「では、半崎さん。どうぞ~!」とステージ袖で自身で自身を紹介しながら出ていくのです。

ステージが終われば3時間をかけてファンと握手会を行います。握手する方も、それを長い時間待つ方も、何も求めていません。ステージで歌った彼女はファンの想いや出来事を涙しながら聞き、ファンは思いのたけをそこに置いて帰っていくのです。そして彼女は、そうした人たちの想いを紡いで歌にしていく。もう、聞きたい歌を歌う人はテレビの向こうではなく「ショッピングセンター」にいるのです。世は魂の時代になってきたのでしょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA