めっきり見なくなったフランス映画、でもアラン・ドロンの名前を聞くと昔を思い出します。

今日、ビックリしたのはネットで「アラン・ドロン」の名前が取り上げられていたことです。昨年7月に81歳で引退宣言し、人生は終わらないがキャリアは終わりだと語りました。そうなんです、既に80歳を超え若い世代だと知らない人も多いのではないでしょうか、私が彼の映画を見たのも小学生の頃が、最も頻度が高かったと思います。彼の主演作の中でも有名なのが「ボルサリーノ」ですが、この映画も1970年の公開ですから半世紀近く前ということになってしまいます。

昨年、デヴィ夫人がアラン・ドロンさんとの思い出を語りまくっていましたが、1970年代当時の彼の人気はもの凄いものでした。映画を見てもらえれば一目瞭然なのですが、美形というかイケメンというか、出来過ぎくらいの完成度なのです。まず見ていただきたいのは1960年公開の「太陽がいっぱい」です、あまりにも有名な映画なので解説の必要はないと思うのですが、この映画への出演がアラン・ドロンさんを国際的に有名な男優にします。

以降、多くの映画に出演するのですが、どことなく影のある風貌から「ノワール」ものへの出演が多かったような気がします。共演もリノ・ヴァンチュラさんとかジャン・ギャバンさん、日本で言えば東映の”ヤクザ路線”的な感じです。アラン・ドロンさんが高倉健さんで、周辺に鶴田浩二さんや池辺良さんがいる感じだと思っていただければと思います。先般BSでもやっていましたが「サムライ」とか「地下室のメロディー」がこの流れだと思います。

アラン・ドロンさんはインドシナ戦線での戦闘経験もあります。私生活ではボディガードのマルコビッチさんが殺され、その犯人ではないかと疑われたりもしました。この事件には暗黒街が深く関わっていたと言われており、私生活でも謎が多いアラン・ドロンさんは映画さながらの存在となりました。

尊敬する男優は「三船敏郎」、共演した作品もありました。

1960年代のドロンさんへのインタヴューで「好きな男優は?」という質問に「ミフネ」と答えています。そうです「三船敏郎」さんです、1971年に

引用 映画「レッド・サン」

は「レッド・サン」で共演を果たすことになります。この時の共演者にはチャールズ・ブロンソンさんもいます。ドロンさんとブロンソンさんは1967年にも「さらば友よ」でも共演をしています。う~ん、まずは「さらば友よ」を見て下さい、アメリカのタフガイとフランスのイケメンの共演です、そして箸休めでチャールズ・ブロンソンさんの作品を見るといいかもしれません(雨のニューオリンズがお薦め)。仕上げに「レッド・サン」、日・仏・米の合作映画です。それだけでも楽しめると思います、内容は刀を持った侍(三船敏郎)が西部の荒野で無法者ガンマン(ドロン、ブロンソン)相手に戦うという設定です。必見ですTSUTAYAへGO!!

アラン・ドロンさんはイケメンとしてはトップクラスの男優でした。しかし、その演技も捨てたもんじゃありませんでした、私がベスト1でお薦めしたいのが1967年公開の「冒険者たち」です。男2人と女1人の3人組が宝探しに出る話です、財宝を得るはずが悲惨な結末を迎えるフランス映画ならではのストーリー展開が大好きです。共演はリノ・ヴァンチュラさんとジョアンナ・シムカスさん、アラン・ドロンさんの主演作の中でもNo.1だと思っています。

とりとめのない話になって恐縮です。フランス映画とかアラン・ドロンさんとか聞くと、あれやこれや思い出すことが多くてまとめるのに苦労します。もうあの頃のようなフランス映画を見ることはできないのだと思います、かつてマカロニ・ウエスタンと呼ばれたウエスタンのイタリア制作版の世界のように独特の世界観がありました。今だってフランスの映画製作会社で作ればいっしょじゃん、と言われるかも知れませんが、日本でかつての日活映画が見れないのと同じように、かつて魅了された「フランス映画」の世界はもうないのです。そのかつてのフランス映画界を象徴する存在がアラン・ドロンさんです、彼が亡くなるようなことがあれば、あの頃のフランス映画の世界はさらに遠ざかることになるのでしょう、寂しい限りです。

 

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