福岡から世界へ3代にわたってチョコを作り続ける佐野恵美子、日本でも食べたいプロの味。

福岡は地下鉄中州川端駅を降りて徒歩3分、博多座の前から歩くと言った方がわかりやすいでしょうか、街中から少し離れた場所にその店はありま

引用 チョコレートショップ

す。「チョコレートショップ」博多の老舗チョコレートショップがその店です、創業は1942年(昭和17年)創業者の佐野源作さんがヨーロッパでのチョコレート修行から帰り、博多の街で恋に落ち、そのまま居ついて誕生したのが「チョコレートショップ」です。佐野さんは東京帝国ホテルで見習いコックをしていた頃、トリュフチョコに出会い「こんな美味いものがあるのか」と感動し、チョコレート職人を目指します。博多で店を開いたのは妻富美子さんと出会ったのがきっかけでした、もし、富美子さんとの出会いがなければ博多を代表するチョコレートの店は誕生していなかったことでしょう。その立ち上げもシャレているとおもいませんか。

そして続いていくプロ職人ショコラティエの血

■現在のオーナーシェフは佐野隆氏、2017年に創業75周年を迎えました。

引用 ファンファン福岡

博多は店屋町の本店は昨年75周年を迎えました。現在のオーナーシェフは佐野隆さん、佐野源作さんの息子さんです。源作さんが博多でチョコレートの販売を始めた頃は、まだチョコレート自体の認知度が低く、材料にいいものを使い高い価格でしか販売できなかった源作さんのチョコレートはなかなか売れるようになりませんでした。その姿を見ていた隆さんは「自分はあんなふうにはならない」と家を出て、神戸のパン屋に勤めることになります、このパン屋が今の「ドンク」だったのです。隆さんは、そこで揃いの制服を着てパンを焼く職人の姿を見て、自分もパン職人を目指しますが、プレゼントの為に作ったチョコをきっかけにチョコレート作りに目覚め、スイスに修行に行き修行後は博多に戻ります。

■なかなか売れない自分のチョコレートに父の仕事の偉大さを知る

隆さんがスイスに修行に出たのは「親父を超えるチョコレートを作りたい」という思いからでした。当時のドンクの社長は源作さんの名前を知っていました、それどころか源作さんの名前は遠く東京圏の業界人の間では有名だったのです。隆さんはスイス修行から戻ると源作さんに謝罪して博多の源作さんの店に戻ります。スイス帰りの隆さんは自分の新作を店頭に並べることに精進しますが、なかなか売れるようにはなりませんでした。隆さんは源作さんの作るチョコレートの奥深さを知り、改めて父の仕事を見ながら研究を重ね、自分の技術を磨いていきます。そうして、ある日源作さんが隆さんの作ったチョコレートを売れ筋を置く中央に置いてくれました、隆さんの仕事を源作さんが認めたのです。こうして、博多のチョコレートの老舗「チョコレートショップ」が受け継がれてきたのです。

3代目は本場パリに出店、博多のチョコレートを世界に向けて販売中

■三代目の恵美子さんも最初はチョコレートが嫌いでした

恵美子さんは大学では経済を学び一般企業に就職した後にショコラティエを目指すようになりました。

「小さい頃は獣医になりたいと思っていました。実家が祖父の代から続くチョコレートショップで、極端な話、朝ごはんとしてチョコレートを食べていたくらいチョコレートは身近でした。職業として意識し始めたのは、社会人になってからです。」(佐野恵美子氏)

恵美子さんも隆さんと同じように、自分が社会に出て仕事をするうちに、多くの人が実家のチョコレートショップを愛用してくれていることに驚き改めて職人としての父の姿を見直すようになります。そして、自分が店を継いで3代目となり100年続く店舗にしようと思うようになったのです。
しかし隆さんは「お前には無理、職人をなめるな」と拒絶されます、どうしても継ぎたい意思を伝えると「一度フランスで本場を見て、本気でやる気があるなら考える」と言われます。そして恵美子さんはフランス語もチョコレートのことも何も知らないままにフランスに旅立つのです。恵美子さん25歳のことでした。

■パリのお店は「Les Trois Chocolats」(トワ・ショコラ)3番目のチョコレート


実は、半年前くらいに恵美子さんがパリに店をオープンするのを追っかけた番組を偶然に見ました。そして、今晩、また偶然にその後の恵美子さんの店の状況を伝える番組を見ました。前回は、オープンを前にして父親の隆さんが博多から駆けつけて、オープン用の商品開発を行う過程を追ったものでした、この段階ではオープン後の状況はまったく見えていませんでした。そして今回の番組では、福岡の八女茶やゴマ、味噌などを使ったオリジナルなチョコを作る姿を見ました「福岡、地元の食材を使ったチョコを作りたい」その言葉に感動しました。恵美子さんで3代目となる佐野ショコラティエの歴史はこれからも続いていくのでしょう、できることなら来年とか近い将来に恵美子さんのチョコを日本で食べてみたいものです。プロ職人3代にわたるストーリーをこれからも続けていただきたいと思います。

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