現実は漫画じゃないんだ「これでおわりです」山中はTKOでネリに敗れ”引退”を表明。

引用 あしたのジョー

かつてチャンピオンだった男は最後まで倒れませんでした、何度も何度もパンチをもらいながらも、その腫れあがったまぶたの奥の目の光が失われることは最後までなかったのです。挑戦者となった男は、栄冠を手にするためにすべてを賭けて戦います。やがて、最終ラウンドが終わり判定の結果を聞く前に自陣のコーナー目に座り込んで呟きます「真っ白な、真っ白な灰になったぜ」。そんな幸せな最期が飾れる世界があるでしょうか、強い者に弱い者が敗れる時には、かつての闘いなど忘れられ「負けていく」弱者の姿が見られるだけではないでしょうか、そうでなければ止めることなどできないのです。

かつて「神の左」を持った男がいた

■男はボクサー辰吉丈一郎に憧れてボクサーとなった

山中慎介選手は小中学校時代は野球をやっていました。彼がボクサーを目指したのは辰吉丈一郎選手がシリモンコンをKOで下してWBCバンタム級王座を奪還したしたのを見てからです、南京都高校入学後にボクシング部に入部します。高校時代は2000年のやまと国体少年バンタム級で優勝、インターハイ2位などの戦績を残しています。専修大学時代にはボクシング部の主将を務め、大学卒業と同時にボクシングを止めるつもりでしたが、大学4年時の国体での成績が不本意であったことからプロ入りします。

■プロ入りしてナチュラルサウスポーは「神の左」と呼ばれる

山中選手は2006年1月7日、東京都文京区の後楽園ホールで高橋仁(角海老宝石)戦でデビューします。デビュー戦は6回判定勝ちでした、その後2010年に大阪で日本バンタム級王者の安田幹男選手と対戦、7回50秒TKO勝ちを収め王座獲得に成功します。翌年、プロ17戦目で世界に初挑戦。国立代々木競技場第二体育館でWBC世界バンタム級2位のクリスチャン・エスキベル選手(メキシコ)とWBC世界バンタム級王座決定戦を争いました。この試合で中山選手は第11ラウンドに猛攻をしかけ、1分28秒TKO勝を収め、無敗のままで世界王座を獲得しました。以降、2017年3月のカルロス・カールソン選手(メキシコ)戦まで12回の防衛戦を制してきました。そして運命の一戦「ルイス・ネリ」戦を8月に闘い、王座から陥落するのです。12回にわたる王座防衛、山中選手の左は『神の左』と呼ばれました。

人間は神には成れずに力衰え朽ちていくのです。

■2018年3月1日 WBC世界バンタム級タイトルマッチ12回戦 世界王者ルイス・ネリ 対挑戦者山中慎介

山中選手は1回終盤にダウンを喫しました。2回には立て続けにダウン、最後はネリ選手の強烈な左右のパンチによって、戦意を喪失して倒れた山中選手を見てレフェリーが試合を止めます。始まって間もない決着に山中選手の顔はきれいなまま、泣きながら観客に手を合わせて謝罪してリングをおりました。2回にダウン後立ち上がった山中選手の表情に「怯え」が見られます、防衛を重ねていた時代には決して見ることのできなかった表情です。彼は終わりを悟ったのです『自分が弱者』になったことを理解した瞬間だったと思います、そして彼は戦意を喪失して負けていきます。

■ルイス・ネリに付きまとうダークなイメージ、しかし山中は別の事を考えたに違いない

今回の対戦相手ルイス・ネリ選手は山中選手との昨年の初戦でドーピング疑惑が浮上しました。結局、陽性の結果はでなかったのですが、そのルイス選手が今回もやらかしていました、前日の計量時に55.8㎏で2.3㎏も超過していたのです、その後の最軽量でも1.3㎏オーバーしており王座剥奪となってしまいました。昨年のドーピング、今回の体重超過と山中選手はネリの失態に怒りを露わにしていました。そして今日の試合、ウエイトで不利に立った山中選手は2回にTKO負けを喫してしまいます。しかし、山中選手はこう思ったのではないでしょうか「卑怯なネリなど、自分の左で粉砕して見せる」と、結果負けてしまいます。4度目のダウンの後に見上げた天井のライトに向かって「俺も年だな」と実感したのではないでしょうか、そして引退表明。山中選手に「灰になるまで」のモチベーションがあれば、その場で再々戦を申し入れたことでしょう。山中選手の選手としての寿命が今日尽きたのです、これまですばらしい試合を見せてくれてありがとうございました。最後も「いい試合」でした。

 

 

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