「たけし.〇〇とゴン」○○は愛人名か?ビートたけしオフィス北野を退社「T.Nゴン」へ。

–引用 朝日新聞デジタル

13日スポニチの発表によると、ビートたけしさん(北野武さん)が今月いっぱいで現事務所「オフィス北野」を退社して独立することをスポニチの取材に対して明かしたそうです。ビートたけしさんは”お笑い会”の重鎮であるとともに世界的な映画監督としても認められています。ご本人は「軍団を含め、これまで背負ってきたものをいったん下ろしたい。自分の時間を増やしたい」と事務所には説明しているようです。

昭和を象徴するような生き方”人間臭い”北野武の生き方

■決してスマートに生きてきたわけではない「泥臭い」から受け入れられる

ビートたけしさんが生まれたのは戦後間もない頃、誰もが貧しく、生活するだけでもやっとの時代でした。そんな時代にビートたけしさんの母親は苦しい家計をやりくりして3人の子供を大学に行かせます、この母を中心とするお話は自伝的エッセイ「たけしくん、はい!」の中でも紹介されています。ペンキ職人の菊次郎、そして母さきと、兄2人、姉1人の6人家族で、貧しいながらも賑やかな家庭でビートたけしさんは育ちます。母のさきさんはビートたけしさんが明治大学を除籍になるまで、ずっと学費を払い続けました。その”さきさん”の通夜の席で「俺を産んで良かったと思ってほしい…」と泣き崩れた話は有名です。ビートたけしさんが芸能界で現在の地位を築くまでは、昭和なドラマがたくさんありました、ご本人が歌われる「浅草キッド」の世界観が、それを象徴しています。

■そして、妻幹子の存在がもう一方でビートたけしを作った

北野武の妻は北野幹子、幹子夫人がビートたけしさんと出会ったのは、当時では珍しい女子大生コンビの漫才芸人をやっていた時です。おふたりは1980年に結婚、男女二人の子供を授かります。長男は広告関連の会社に勤務、娘さん北野井子さんは歌手デビューを果たすも、すぐに芸能界を辞めて結婚しました。現在、井子さんの子供はビートたけしさんの養子となっています。そして、ビートたけしさんにはもうひとり子供がいます、これは1991年に当時まだ専門学校生だった女性との間に生まれた子供で、認知もされています。

ビートたけしさんには必ず語られる有名な事件があります。「フライデー襲撃事件」と「原付バイク事故」です、そのどちらも芸能界引退の原因になってもおかしくない重大事件だったにも関わらず、ビートたけしさんはお笑い界ではトップの地位を得、映画製作でも世界的な監督と成っていきます。通常であれば”消えて”しまうところですが、踏み留まることができたのは妻「幹子」さんの存在が大きかったからだと言われています。

70を超えた北野武の生き方が注目されます

■「人間」を求めるメディアの風潮に疲れたのかも

出演している番組(7days、TVタックル)の色合いが社会性があるためか、政治的な問題や事件に関するコメントをビートたけしさんが求められる機会が多いように思われます。さんまさんやタモリさんも現役でテレビ出演してはいますが、同じようなコメントを求められることはありません。これはビートたけしという「人間」の特殊性なのだと思います「この人がどういうのかを聞いてみたい」と思わせるものがあるのです。同じようにいろんな場面で”人間的”に求められてきたのではないでしょうか「たけし軍団」の皆さんとの、エピソードにも師弟関係を超えた人間臭い話が多いように聞いています。

■さて事務所からの独立、年下の「愛人」との仕事をどう考えるのか

オフィス北野を辞め、年下の愛人と設立した「T.Nゴン」に移る、そうニュース記事には書かれてありました。ですから、TはたけしNは愛人の名前ゴンは愛犬と推察したのです。70歳超えているんですから「引退」したっていい年齢なのですから、好きにさせてあげれば良いのではないでしょうか、この人ほど「社会を騒がせ」「社会に報いた」人はいないのではないでしょうか、毒舌でありながら保守的な一面も持ち合わせ、なんか寂しそうな感じのする人です。日常的に所ジョージさんの世田谷ベースに遊びに通っているそうです、ご本人が言っていました「あんなふうになりたい」と、分かるような気がします。所さんは肩の力をぬいた軽い「いい加減さ」が魅力なのです、どことなく「生真面目」な面を持ったビートたけしさんが所さんを好むのがわかるような気がします。大御所もそろそろ”休んで”いいころでしょう、事務所を移って「重いもの」を降ろして、軽くなったところでいい映画でも撮ってください。

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