日本テレビ「深イイ話」で紹介された瀬戸内寂聴、小谷実可子、瀬尾まなほ、それぞれの女の道。

引用 産経ニュース

三谷晴美さんこと瀬戸内寂聴さん、テレビで美味しそうに焼肉を頬張る姿を見ました。日本テレビ「深イイ話」です、取材では寂聴さんの日常生活を取り上げており、びっくりするほど元気な95歳のお姿を拝見いたしました。この方の過去の生き方を読むと、どんな破天荒な人生を送って来た人間でも僧侶になり、仏に近づき救われたいと思う心があるのだと思わされます。しかし、瀬戸内さんの僧侶生活は「過去を悔いて」の隠遁生活とは異なります。
よく知られているように瀬戸内寂聴さんは、東京女子大在学中の1943年に21歳で見合い結婚をし翌年に女の子を出産しますが、1946年には夫の教え子と不倫し、夫と3歳の長女を残し家を出て京都で生活を始めます。波乱万丈の女流作家人生の幕開けです。

初期の作品はポルノ小説と言われ批判にさらされた

■批評家からは「子宮作家」とレッテルを貼られた

瀬戸内寂聴さんは1956年「花芯」を発表、ポルノ小説であると評論家に批判され”子宮作家”と呼ばれます。その表現が大胆であり、当時の文芸雑誌関係者の目からは文学として見なすことができなかったようです。以降、大衆雑誌、週刊誌等で作品を発表、多くの恋愛小説や伝記小説を書き人気作家となっていきます。出家を果たしたのは1987年の事です、当初は修道女を志しますが愛娘と夫を残して家を出た過去から、協会からは拒否されています。出家に関しても多くの寺院の門をたたくも拒否されていましたが1973年に今春徳大僧正を師僧として中尊寺にて天台宗で得度、法名を寂聴としました。出家後は比叡山の行を経て、京都嵯峨野の寂庵に住まい、尼僧として熱心に法話を行っていました。しかし、出家してからも男性と付き合い、化粧をし、肉食して飲酒までしていることを自ら認めています。「深イイ話」の中でも焼肉を食べ、ビールと日本酒を飲まれていました、彼女にとって「こうあるべき」という形は存在しないのです。2010年には脊椎を圧迫骨折し、以降3年間寝たきりの生活を送ります、療養中には胆嚢癌が発見され、本人たっての希望により90歳を超える高齢の身ながら異例の手術を行い成功します。そして、現在95歳。この五月には96歳を迎えます。まさに『破天荒な女流作家』なのです。

その破天荒な女が「リスペクトする女」と「応援している女」

■瀬戸内寂聴が「すごいなあ」と思う運動選手、メダリスト。

番組中で瀬戸内さんが「すごいなと思う人は」との問いかけに「運動選手、賞をもらったりするような。自分はオリンピック選手くらいしか知らないから」と答えます。深イイ話では”小谷実可子”さんを取り上げます、瀬戸内さんセレクトによるものではありません。小谷さんは日本女子シンクロの先駆け的な存在で1988年のソウルオリンピック銅メダリストとして有名です。番組では今でも子供から熟年世代まで指導する小谷さんの姿や自身のお子さんが出場するシンクロの試合を観戦する小谷さんを取材しています。根っからのスポーツマンで、作家と真反対の「動」の世界に生きる人なのです「他の(競技)人は、息が自由にできるからいいですけど」と、自分が水中で呼吸を制限された競技を続けてきた苦しさを語っていました。このストイックさが自由奔放な女流作家には「スゴイ」なのでしょう、しかし、いづれも女としての生き方のひとつなのです。

■瀬戸内寂聴が「早く独立してほしい」と思う秘書兼友達、新人作家。

このところ瀬戸内さんと一緒に取り上げられ有名になったのが瀬戸内寂聴さんの秘書を務める瀬尾まなほさんです。瀬尾さんは、テレビでもあちこちの番組からお声がけがある「人気者」なのです、ご本人は「寂聴さんといるので、取り上げてもらえているのです。自分の力では世の中に受け入れてもらえない」と謙虚な姿勢なのですが、寂聴さんに言わせれば「できる娘なのよ、ふつうだとあそこまでできないんだから、今、15万冊だっけ売れてんだから」と、作家の目から瀬尾さんを批評します。実は瀬尾さん、昨年11月に瀬戸内さんとの毎日をエッセイにして出版していたのです。このため、瀬戸内さんだけではなく、瀬尾さんに対する取材も増えており、寂庵は連日、賑わっていたのです。90歳も後半に入る瀬戸内さんは「このところ来ている気がする」と自身のお迎えが近いと笑顔で語っており、終活の一環として瀬尾さんには、作家として独立してもらいたいと考えているようです。瀬戸内さんと瀬尾さんの「友人」のようにじゃれ合う姿が素敵です。


瀬戸内寂聴さん・作家(95歳)、小谷実可子さん・シンクロ指導者(51歳)、瀬尾まなほさん・秘書、作家(30歳)、大岡越前のお母さんの話を知っていますか?越前が罪人の女を裁く際に、罪を犯したのは「女であるがゆえ」だと考え、越前は母にこう尋ねます「母上、女はいつまで女であるのでしょうか?」越前の母は黙って火鉢の灰を掻きまわします。『灰になるまで』、有名な話です。瀬戸内寂聴さんは灰になるまで”女”として生きるのでしょう。しかし、スポーツをやってもエッセイストになっても「イイ女」はそれぞれの時代にいるものなのです。

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