栃木の山寺「雲厳寺」が吉永小百合効果で大人気!大人の休日倶楽部、黒羽編。

引用 大田原市観光協会

この春、JR東日本のデステネーションキャンペーンで栃木県が対象となっています。いつものように旅先を回る吉永小百合さんの姿を通して、キャンペーン先の風景を紹介していくのですが、今回のCMでは大田原市黒羽の古刹「雲巖寺」が話題となっています。通常は観光客が訪れるような場所ではないのですが、CMの放送後、多くの観光客が詰め掛けるようになり、交通整備員を配置するような状態となっています。

雲巖寺は禅宗のの四大道場のひとつとして有名

■雲巖寺の縁起

雲巖寺は、大治年間(1126-1131年間)に叟元和尚によって開基され、弘安6年(1283年)に執権・北条時宗を大壇那とし、高梨勝願訪印の寄進により仏国国師によって開山されたと言われています。天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐では、烏山城の那須資晴が恭順せず、城攻めの際には付近の住人が雲巖寺に逃げ込みました。豊臣方は、北条氏を大壇那とするこの寺を軍事要塞と見なし、火を放ちました。しかし、数年後には再建されました。テレビのCMでも触れているように、雲巖寺には俳人・松尾芭蕉が奥の細道紀行で立ち寄ったことでも知られています。『啄木も庵はやぶらず夏木立』(芭蕉)

■雲巖寺は日本禅宗4大道場のひとつ

『雲巖寺』は、臨済宗妙心寺派の名刹として、筑前の聖福寺、越前の永平寺、紀州の興国寺と並んで「日本禅宗4道場」のひとつに数えられる由緒正しい名刹です。石柱門の先には武茂川にかかる、朱塗りのそり橋『爪鉄橋(かってきょう)』がかかっています。この橋は東山五橋にも数えられており、橋の名の「爪鉄」とは「子孫が長く続いて繁栄すること」を意味していると言われています。この橋を渡り、見上げるほどの石段を登りきると豊臣秀吉による小田原征伐の焼き討ちにも耐え残った山門があります。

拝観客が増えることは良い事なのですが・・・

■CM放送前からパワースポットとして有名でした。

雲巖寺参道沿いには、水戸光國公の『お手付の石』があります。この石に関する資料や文献は現存しておらず、詳しい伝承がありません。しかし、今日まで大事に保存されていることから、なにがしらかの所以がある事は間違いありません。江戸時代この地は、水戸藩の領地であったことから、黄門様はたびたび参禅に訪れ、そのパワーを感じていたと言われています。こうしたことから、栃木県民の間で「雲巖寺」はパワースポットとして知られていました。しかし、もともと修行の為の山寺、観光客が押し寄せるようなことはありませんでした。

■お寺様の荘厳な空気に触れて、心を洗ってお帰りください。

過去も現在も「雲巖寺」はいわゆる「観光寺院」とは異なります、厳しい禅修行のための道場なのです。しかし、一般の方でも自由な拝観が許されています。お寺様の案内板には『寺は、人が内なるものに心を置く道場です。単に観光のものではありません。声高、高笑、喫煙、酔客、諸堂立入等、他の迷惑となる所作は、堅く停止のこと、観光案内は致しません。聖域の逍遥をお楽しみください」と記されています。また、拝観料は一切かかりません。同寺周辺の駐車場は台数が限られているため多くは停車できません、徒歩15分の場所に臨時の駐車場が用意されています。携帯の電波も届きません、周辺にはお茶も食事もするところはありません。日本人の80%以上は仏教徒だと言われています、せっかく山寺・雲巖寺へ行かれるならば「お寺様」を存分にお楽しみください。

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