「慰霊の日」は日本全国民が”沖縄”を考える日、米軍基地は沖縄だけの問題ではない!

 

引用 日本経済新聞社

沖縄では8月15日の「終戦記念日」は沖縄にとっての“終戦”の日ではありません。沖縄では、沖縄戦の指揮をとっていた牛島司令官が自決し、日本軍の組織的戦闘が終わった6月23日を「慰霊の日」としています。「慰霊の日」は沖縄県の条例で公休日とされ、国の機関以外の役所や学校は休みとなり、沖縄県民のみなさんは「沖縄戦」への思いを馳せます。

今日6月23日は沖縄県の「慰霊の日」

■戦後73年目の「慰霊の日」沖縄全戦没者追悼式に登壇した安倍首相

沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園で沖縄全戦没者追悼式(主催・県、県議会)が執り行われました。追悼式には安部首相も登壇、沖縄の基地負担や元米海兵隊の軍属が逮捕された女性暴行殺害事件について触れ「非常に強い憤りをおぼえる」「米国に対しては、直接大統領に国民が強い衝撃を受けていることを伝えた」と述べ、事件の再発防止に取り組んでいく姿勢を示しました。そのあいさつの内容は

「私たちは戦後70年以上を経た今もなお、沖縄が大きな基地の負担を背負っている事実を、重く受け止めなければなりません。私たちは今後とも国を挙げて、基地負担の軽減に、一つ一つ取り組んでまいります。そうした今般、米軍の関係者による卑劣極まりない凶悪な事件が発生したことに、非常に強い憤りを覚えています。米国に対しては、私から直接大統領に、日本国民が強い衝撃を受けていることを伝え、強く抗議するとともに、実効的な再発防止など厳正な対処、対応を求めてきました。」

と述べ、地位協定の見直しを進めていることも明らかにしています。しかし、事件や被害は繰り返されており、元凶は米軍基地であり、罪を犯した軍関係者を罰せられないのは地位協定があるからなのです。安部首相は問題となっている辺野古への基地移転に関しては一切触れていません。安部首相のあいさつ後には「帰れ!」と声が上がるなど、沖縄県民には首相の声は届きませんでした。

■翁長知事は普天間基地の辺野古への移転中止を訴えた

翁長知事は追悼式のあいさつで、これまで繰り返してきた主張を述べました。

「真の意味で平和の礎を築くためにも、日米両政府に対し、日米地位協定の抜本的な見直しとともに、海兵隊員の削減を含む米軍基地の整理縮小など、過重な基地負担の削減を、直ちに実現するように強く求めます。」
「特に普天間飛行場の辺野古への移設は、県民の理解は得られず、これを唯一の解決策とする考えは到底許容できるものではありません。」

知事は直面する問題の解決は“直ちに”行われるべきとしています。基地を抱える当事者として切なる訴えなのです、辺野古への移転も「県民の理解」はないとしています、県が認めていないのに国が強制的に押し付けているのです。冒頭で知事は、日米両政府に対し、と呼びかけています。日本にありながら政府から擁護されていない現状が窺えます。首相と知事のあいさつ、その温度差は大きいと言わざるを得ません。

共有する感覚が必要とされている

■「慰霊の日」を国の祭日として扱ったらどうか

現在の天皇陛下が皇太子殿下でいらっしゃった昭和56年8月7日、沖縄を訪問され記者会見で語られたのは『日本人として忘れてはならない4つの日』に関してでした。その4つの日は8月6日の「広島原爆の日」8月9日の「長崎原爆の日」8月15日の「終戦記念日」そして6月23日の「沖縄戦終結の日」です。天皇・皇后両陛下はこれら4つの日を特別な日とお考えになっており、戦没者の慰霊のために終日、お慎みになられます。陛下は平成24年の訪問時には「沖縄は、いろいろな問題で苦労が多いことと察しています。その苦労があるだけに日本全体の人が、皆で沖縄の人々の苦労をしている面を考えていくということが大事ではないかと思っています。」と述べられています。陛下のおっしゃるように国民全体で考えていくべき問題が沖縄にはあるのです、そのためには、感覚を共有するために6月23日は全国的祭日とし、マスコミ各社では努めて「沖縄戦特集」をやっていただきたいと思います。どんなに戦争の記憶が風化したとしても、連合軍の直接の侵攻を受けた唯一の場所であることには変わりはありません。また、優良地の大半を基地に取られている地域も沖縄以外にはないのです。

■日本人として「忘れてはならない日」

終戦記念日と同様に「日本人」として忘れてはならない日が6月23日なのです。自分たちの住む地域が戦場となり、戦死者が出たことを沖縄の人たちが忘れることはないのです。今年の追悼式では沖縄県浦添市立港川中学校3年の相良倫子さんが、自作の平和の詩「生きる」を朗読しました。沖縄戦を生き抜いた曾祖母の体験を聞き「平和とは、あたり前に生きること。その命を精一杯輝かせて生きること」と考えた。生まれ育ったこの美しい島から伝えたい。「鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。命よ響け。生き行く未来に。私は今を、生きていく」と相良さんは語りました。うるま市に住む94歳の曾祖母は戦前から理容室で働き、地上戦を体験。友人が目の前で被弾して命を落としたことや家族と離ればなれになった話を相良さんは聞き「戦争の残酷さを感じた。曾祖母の存在から平和や戦争について考える機会が増えた」と振り返りました。まだ、若く経験の少ない少女が曾祖母の経験を聞き、自分たちの美しい島が再び戦火にまみれることのないことを願い詩を朗読しました。相良さんは言います「一日一日を大切に。平和を想って。平和を祈って。なぜなら、未来は、この瞬間の延長線上にあるからだ。つまり、未来は、今なんだ」そうです、沖縄は遠い地域ではありません、私たちの住む日本であり、その苦悩は今日、そして『今』考えていかなければならないのです。今日、6月23日「慰霊の日」に・・・ 。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA