和歌山カレー事件から20年、被害者は「今でもカレーを見ると事件を思い出す。」

引用 アサゲイプラス

和歌山市の保健所では1998年7月に和歌山市で起きた毒物カレー事件の被害者に対し、11年ぶりに健康調査を行いました、その結果、回答者の1割が今も手足がしびれ、3割はカレーを見ると不安を感る、と訴えていることがわかりました。事件は25日で発生から20年となります、今回の調査によって後遺症の深刻さや心の傷の深さが改めて浮き彫りとなりました。

和歌山カレー事件とは、どんな事件だったのか

■催し物で配られたカレーに毒物が混入されていた

1998年7月25日、園部地区で行われた夏祭りで、カレーを食べた67人が腹痛や吐き気などを訴えて病院に搬送されました。小学4年生の男子児童と高校1年の女子生徒、園部第十四自治会の会長と副会長の4人が死亡しました。被害者は会場で食べた者や持ち帰って食べた者などで、嘔吐した場所も様々でした。異変に気が付いた参加者が「カレーストップ!」と叫び、一連の嘔吐の原因がカレーによるものとわかりました。当初保健所は食中毒によるものと考えていましたが、和歌山県警が吐瀉物を検査し、青酸の反応が出たことから青酸中毒によるものと判明しました。しかし、症状が青酸中毒と合致しないという指摘を受け、警察庁の科学警察研究所が改めて調査して亜ヒ酸の混入が判明します。

■逮捕されたのは主婦の林眞須美だった

1998年10月4日、知人男性に対する殺人未遂と保険金詐欺の容疑で、元保険外交員で主婦の林眞須美(事件当時37歳)が、別の詐欺及び同未遂容疑をかけられた元シロアリ駆除業者の夫とともに和歌山東警察署捜査本部に逮捕されました。さらに12月9日には、カレーへの亜ヒ酸の混入による殺人と殺人未遂の容疑で再逮捕されました。同年末の12月29日に眞須美は和歌山地方検察庁により、殺人と殺人未遂の罪で和歌山地方裁判所に起訴されました。眞須美は容疑を全面否認したまま裁判へと臨み、第一審の和歌山地裁の初公判では5,220名もの傍聴希望者が傍聴券抽選会場の和歌山城砂の丸広場に集まりました、この傍聴希望者数は事件発覚前に無名だった人物としては最高記録となりました。

世間やマスコミで風化しても被害者の時計は止まったまま

■動機が解明されないままに判決が下りる

裁判では検察側が提出した証拠は約1700点。1審の開廷数は95回、約3年7ヵ月に及びました。2審は結審までに12回を要し、直接証拠も動機も解明できていない状況で、上告審では弁護側が「地域住民に対して無差別殺人を行う動機が全くない」との主張に対し、最高裁判決では「動機が解明されていないことは、被告が犯人であるとの認定を左右するものではない」と述べ、動機解明にこだわる必要はないという姿勢を示しました。こうして動機解明もなされぬままに2009年4月21日に最高裁那須裁判長は「鑑定結果や状況証拠から、被告が犯人であることは証明された」と述べ、眞須美側の上告を棄却しました。判決訂正も5月18日に棄却され眞須美の死刑が確定しました。2018年現在、眞須美は大阪拘置所に収監されています。

■裁判は結審し判決が出ても終わらない被害者の苦悩

和歌山市保健所は1998~2002年と2007年にカレー事件の被害者に対する健康調査を行い心身のケアに生かしてきました。それから10年が経過、改めて健康状態を把握するために今回の調査は実施されました。被害者63人と、事件当時被害者のおなかにいた子供4人の計67人のうち、死亡や転出などを除く58人に倦怠感や頭痛の有無などの体調面、「事件を思い出すと気分が悪くなるか?」などの精神面を尋ねるアンケート用紙を6月頃に送付。7月に34人から回答を得ました。和歌山市保健所によると、手足の痺れなどを継続して訴えている人がおり、倦怠感は2割の人が感じていました。49人の回答があった前回調査からあまり改善していないといいます。カレーへの不安も根強く、被害児童らが通っていた小学校では今も給食に出されることはありません。眞須美受刑者が死刑を待つ状況となっても、被害にあった人たちの傷は容易に癒えることはありません。

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