8月25日、本日は「即席ラーメン記念日」チキンラーメンが開発された日です。

引用 日清食品

8月25日は「即席ラーメンの日」です。1958年8月25日、世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」が日清食品から発売されました。このことを記念して日本即席食品工業協会が1982年に制定しました。開発者の安藤百福氏は大阪府池田市の自宅敷地内に小屋を作り、インスタントラーメン作りに取り組みました。安藤氏は  [1.おいしくて飽きがこない 2.保存性がある 3.調理に手間がかからない 4.安価である 5.安全で衛生的である] の5要件を満たすものとインスタントラーメンを定義しました。安藤氏は早朝から深夜まで小屋に籠り、開発のための生活を1年間続けました。

開発は少しづつしか前進せず「開発成功」の場面は思い浮かばなかった

■最初はスープを染み込ませた麺の開発から始めた。

安藤氏は最初にスープの味を染み込ませた「着味麺」の開発に着手しました。小麦粉の中にスープを染み込ませて味のついた麺を作ろうとしましたが、製麺機にかけるとボロボロになって切れてしまいました。そこで蒸してスープに浸してみましたが、今度は生地が粘ついて乾燥しにくい状態になりました。試行錯誤の結果、じょうろで生地にスープをかけ、しばらく自然乾燥させた後で手で揉み解すという方法を考え出しました。スープはチキンスープ、理由は調理中にニワトリが暴れ、以降鶏肉を食べなかった息子が、鳥ガラでとったスープで作ったラーメンだけは食べたことにありました。

■次の問題は麺をいかにして長期保存できるようにするか。

次に問題となったのは「どうやって長期保存できるようにするか?」でした。また、熱湯かけることによって瞬時に食べることができる状態にすることも必要でした。安藤氏はてんぷらからヒントを得て、麺を高温の油で揚げることにしました。安藤氏が意図したのは、麺を高温の油で揚げると水分がはじき出されると同時に面に無数の穴が開き、熱湯を注いだ際には、その穴から湯が吸収されて麺が元に戻りやすくなるという仕組みでした。麺の固まりを油の中に入れるとバラバラに分解して浮かび上がるため、安藤氏は針金と金網を使って枠型を作り、その中に麺を入れて揚げる手法を考えました。これら一連の製法は「瞬間油熱乾燥法」と名付けられ、1962年に特許を取得しました。油熱乾燥させたラーメンは独特の香ばしさを持つようになり、その香ばしさこそが「おいしさ」の秘密でもあったのです。こうして、1958年の春にはインスタントラーメンの開発はほぼ終了したのです。

時代の波に乗って急成長を遂げるインスタントラーメン

■需要に生産が追いつけないくらいに売れた

安藤氏は三菱商事、東京食品、伊藤忠商事の3社と販売委託契約を結び流通網を整備、同時に大量生産を可能にする為に大阪市高槻市に2万4千㎡の敷地を購入して工場を建設しました。安藤氏によると「いくら売っても需要に追いつかない」日々が続き、工場用地の購入代金をチキンラーメンの売上1か月分で賄うことができたといいます。安藤氏はチキンラーメンの成功の要因を3つ挙げています①スーパーマーケット業態が生まれ加工食品を大量販売するシステムが確立されたこと。②テレビコマーシャルが効果を上げたこと。③日本の消費者が食事に簡便性を求めるようになっていた。などです。

■その後、いろんな商品が開発される中、チキンラーメンは還暦を迎えた

チキンラーメンの発売以降、日清ではカップヌードルを開発、チキンラーメン以上の成功を収め、これにより1972年には日清食品は東京証券取引所、大阪証券取引所、およびば名古屋証券取引所の第一部に上場することができたのです。以降も躍進を続ける日清食品ですが、会社の礎を築く商品となった「チキンラーメン」はいまだに健在です。近頃のテレビコマーシャルではチキンラーメンの上に「鯖」や「麻婆豆腐」をトッピングするシーンが見受けられますが、心配しなくてもインスタント食品界の『モード』となったチキンラーメンは単独でも、十分に商品価値を持っています。発売から60年と還暦を迎えたチキンラーメンですが、まったく古くならない、その商品イメージこそが創始者安藤百福氏のインスタント麺に寄せたスピリッツの現れなのかもしれません。次は1世紀を目指していただきたいと思います。

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