滋賀県が男性平均寿命初の日本一、その理由を聞くと伝説の果物「むべ」の存在があった!

引用 伝説の霊果むべ

現在、男性の平均寿命で日本一なのは滋賀県です。昨年の長野県から初めて首位の座を奪いました。その滋賀県「何が」長寿の理由なのか、いろいろと取り沙汰されています。スポーツ活動の時間が長い、旅行や行楽に費やす時間が多い、喫煙率が低い、持ち家率が高い、自然公園の面積割合が高い、などが理由として上げられています。しかし、地元の方に滋賀独自の“健康維持”の方法がないのか尋ねたところ、ある果物の名前が多くの方の口から聞かれました。それが伝説の果物『むべ』なのです。

“むべ”とはどんな果物なのか?

■不老長寿の妙薬として知られる、伝説の霊果“むべ”

「むべ」はアケビ科の一種で春に白い花をつけ、秋に7~9センチほどの鶏卵より大きい楕円形の実を結びます。むべを割ると半透明の粘りのあるゼリー状の果肉と種が詰まっています。とろっとした実はほんのり甘く素朴な味を楽しむことができます。長寿を祝う贈り物として使われることも多いようです。「食べると長生きする」という言い伝えから“不老長寿の実”といわれ、古代から昭和50年代まで皇室に献上されてきました。その後、献上はいったん途絶えましたが、地元の宮司らの「伝統を取り戻そう」という働きかけによって復活させています。

■むべの名は天智天皇が命名

むべは、アケビ科の一種で、別名「トキワアケビ」といいます。アケビが落葉樹なのに対して、むべは常緑樹で、春になると白い花をつけ秋には赤紫の実がなります。関東から西の地域に自生していますが、むべという名の由来は近江八幡にあります。言い伝えでは天智天皇が琵琶湖南部の蒲生へ狩りに出かけた際、奥島山に立ち寄りました、そこで8人の息子をもつ元気な老夫婦に出会い「お前たちは、なぜこのように元気なのか?」と尋ねたところ、老夫婦は「この地で採れる無病長寿の果物を、毎年秋に食べているからです」と答え、果物を献上しました。それを賞味した天皇が「むべなるかな」と言ったことから、この果物が「むべ」と呼ばれるようになったといいます。

一般の果物と同じように食べることができる「むべ」

■むべの献上はいったん途絶えた

むべの献上は戦後も続きましたが、献上の担い手だった商家に跡取りがいなくなったため昭和57年にいったん途絶えました。その後、大嶋奥津嶋神社に生まれ、父親から天智天皇の話を聞かされて育った同神社宮司で当時、近江八幡市職員だった深井武臣さんが「地域の伝統である皇室への献上を復活させ、むべを町のシンボルにしよう」と計画。同町で農家を営む前出幸久さんや同神社の氏子らに協力を呼び掛けて町内でむべを育て、平成14年約20年ぶりに献上を復活させました。それ以後、毎年10月下旬になると、深井さんや神職らがむべを約15個、特別製の竹籠に詰めてヒノキの箱「行器」に収め、皇室のほか、天智天皇を祭る近江神宮、靖国神社にそれぞれ献上しています。

■その食感は「食べたことのない」ゼリー状の食感で甘みがある

むべを栽培している前出さんの農園「前出のむべ園」では、約2千平方メートルの畑にむべの木約100本が植わり、旬の時期10月下旬から11月下旬にかけて、赤紫色に熟した約5千個の実が棚から垂れ下がります。農園では収穫したむべの郵送販売のほか、入園料1000円でむべ狩りも行っています。献上が復活したことで最近ではメディアでもむべが取り上げられる機会が増えて“無病長寿の果物”を求めて農園を訪れる人は、後を絶ちません。珍しい果実なので、そのままかぶりつこうとする人もいますが、食べられるのは中の実だけまわりは皮で食べれらません。実を2つに割り、緑色の果肉を口に含み、種を口の中でより分けながら食べなければなりません。ゼリー状の食感で甘みがあります、種をより分けるのが大変で果肉はすくないのですが「伝説果実」を食べるのです、少しくらい労力は惜しんではいけません。ちょうど収穫の季節、ぜひ一度『霊果』体験をされてはいかがでしょう。

※「前出のむべ園」 ☎0748-32-3663

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