女賭博師で知られる江波杏子さんが死去、残るは緋牡丹の姉さんだけか、任侠映画の花が散っていく!

引用 大映 女賭博師

映画「女賭博師」などで知られる女優の江波杏子さんが10月27日に、肺気腫の急性増悪のため都内の病院で死去したことを、所属事務所が11月2日、発表しました。76歳でした。長い間、肺気腫を患っていましたが、日常生活には支障なく生活していたといいます。22日まではラジオドラマの収録をしており、11月以降もドラマ出演の打ち合わせをするなど元気だったといいます。急変したのは26日、呼吸状態が悪化して緊急入院、回復することなく翌日、息を引き取りました。

ひとつの時代を築いた大女優の最後

■最近まで仕事をしていたのに…

事務所によると既に密葬は済ませており、本人の遺志により葬儀後の報告となったようです。江波さんの母親も映画女優でした、その影響で1959年に大映に入社し女優デビューを果たします。最初の映画は若尾文子に代わって出演した「女の賭場」(1966年)でした、この作品以降“女賭博師シリーズ”で人気女優の仲間入りをし、ヌードグラビアも披露するなど話題となりました。その独特な艶っぽさは江波さんにしか出せないもので、任侠映画の姉さんとして一時代を築きました。近年も映画「娼年」やテレビドラマ「限界団地」などに出演し、健在な姿を見せていました。

■その時代には「姉さん」と呼ばれるほどの当たり役

昭和時代、任侠映画が全盛だった頃には江波さんは大滝銀子として一世を風靡しました。新幹線に乗っていると本物のヤクザが近づいてきて「お銀姉さん、今日は西成で賭場が立ちますぜ」と話しかけられたというエピソードも残っています。しかし、江波さんは女賭博師で売れるまでには58本もの映画に出演していました。努力で実力派女優の道を切り開いた人だったのです。江波さんが女博徒を演じてから2年後、藤純子さんが「緋牡丹お竜」として登場してきます、藤さんの脇を固めたのは高倉健さんや若山富三郎さんでした。藤さんも人気でしたが、やはり女優として一枚看板でシリーズを通した江波さんは凄い女優でした。

もう見ることが出来ない世界観を嘆く

■江波杏子の”任侠映画”

最近では任侠もの、ヤクザといった映画は製作される機会が減ってきています。ほとんど作られていないと言っても過言ではありません、特に賭場を中心とした本格的な賭博師ものは過去の作品を見るしかありません。勝負が単純な「丁」「半」だけではなく、札を使った賭場のシーンなど、賭け事がどのようにして行われていたのか貴重な資料になりそうな作品です。また、男ばかりの賭場に江波さん演じる“お銀ねえさん”が艶っぽく壺を振る姿は江波さんでなくては成立していなかったでしょう。

■昭和任侠映画のヒロイン「お銀さん」

単に「ヤクザ」と言ってもわからない方が多いと思います。昭和30年代に製作されたヤクザ映画は「任侠映画」で、単なる暴力を核とする映画とは異なっていました。昭和40年代に入ると広島・呉のヤクザを描いた実録ものが登場し、ヤクザ=暴力となっていくのですが、江波さんが“姉さん”を演じた時代は「女の任侠」が男社会の中で正義を貫いていくような仕立てになっており、時代のヒロインとして江波さんは人気女優になっていったのだと思います。当時、子供だった私にも強烈なイメージを残した“お銀さん”。お疲れさまでした、ゆっくりお休みください。

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