既にレコードもないのに「レコード大賞 第 60回」、winkは歌いピンクレディが舞う!いったい誰のための賞なのか?

引用 TBS日本レコード大賞

子供の頃は「レコード大賞」を誰が取ったのかを見て、NMKの「紅白歌合戦」にチャンネルを変えたものでした。実際、レコード大賞を受賞した歌手は、警察の先導でNHKホールに向かうのがステータスと言われた時代もありました。しかし、1980年代以降はニューミュージックの台頭とともに音楽の権威に対する考え方が変わっていきました、賞を辞退する者も出てきてレコード大賞の見方が違っていきます、1989年からNHKが紅白の開始を7時台に引き上げることによってレコード大賞は「裏」となってしまい、最盛期には30%を誇った視聴率も20%を下回るようになってしまいました。しかし、2006年からは裏番組とのバッティングを避け前日に放送を行い、内容も過去の受賞曲の振り返りを組み込むなど、単なるアワード番組としての性格を変えてきました。

昭和な時代には「レコ大」は年末行事

■創設は古賀政男

レコード大賞も今年で60年を迎えるそうです。1959年に作曲家の古賀政男、服部良一らの主導でレコード会社所属の作曲家による親睦団体「日本作曲家協会」が設立されます。古賀氏らは世代間のギャップを超えた「新しい日本の歌」を生み出すべく、ジャンルを問わずにその年の日本を代表する歌を選出するグランプリを開催することを目指しました、モデルとなったのは前年にアメリカで始まったグラミー賞でした。当初、現在の日本レコード協会には断られ、新聞社も不参加、参加したのはTBSのみでした、これが縁で以後は
TBSで「レコード大賞」は放送されてきたのです。昭和歌謡全盛期には絶大な権威を持つようになり、レコード大賞歌手となることは多くの歌手の目標となりました。視聴者も年末、NHKの紅白前にレコード大賞を見るのは例年の行事となっていました。

■1980年代から衰退した「レコード大賞」

先に書いたように1980年代にニューミュージックと呼ばれるカテゴリーが主流を占めるようになってくると「レコード大賞」は色褪せた存在となっていきます、その現実を決定的にしたのは大賞を受賞したMr.childrenが欠席した第36回です。以降、紆余曲折はありながらも今日の第60回まで続いているのです、現在では従来の権威型アワード番組の影は薄れて、年に一度の「歌番組」として過去の受賞歌手の歌を特集したり、会場に特別ゲストとして招いてパフォーマンスを披露してもらったりと、賞に興味のない視聴者も楽しめる内容に変わってきました。特に昨年は「ピンクレディ」が4分以上にわたりパフォーマンスを行い、大きな話題となりました。

こだわらなければ「歌番組」として面白い

■賞にこだわらなくてもいい

今年も開催された「レコード大賞」、なんと60回になるそうです。60th記念として様々な企画が用意されていました。北島三郎の生歌、小室ファミリーのメドレーとtrfのパフォーマンス、そしてwinkとピンクレディのステージパフォーマンス。基本的に賞を軸に構成はされているのですが、内容的には過去の“ヒットソング”ピックアップした『歌番組』と言っても過言ではありません。特にびっくりしたのは他局では絶対に無理であろうと思われるwinkやピンクレディのステージパフォーマンスです。これは「レコード大賞」だから成せる技であり、他局では絶対に無理です。賞を創設して以降、いっしょに歩いてきたTBSならではの財産なのです。既に賞としての権威は失われたのかも知れませんが、かつて「レコード大賞」に絶大な権威を覚えた世代の世界観は残っているのです。その世界観を軸に「歌番組」として再構築されたのが、現在の「レコード大賞」なのです。

■来年も見てみたい「ピンクレディ」

皆言います「レコード」も無いのに“レコード大賞なんて”と、しかし、レコード大賞の歴史の上に番組が成立しており、視聴者もその世界観を楽しむ番組なのですから「レコード大賞」のタイトルを外すことはできません。今晩もwinkやピンクレディのパフォーマンスを見ましたか、ピンクレディは還暦を迎えていますし、winkもアラ50です。もしも他局で「あの人は今」的にこの2組のコンビを見れば「今更」と思うはずです、しかし「レコード大賞」のステージでパフォーマンスを見ると「まだまだ、行けるんじゃない」と郷愁とともに声援を送る気持ちになるのです。今晩、ピンクレディが歌い踊る姿を見ながら「レコード大賞」は続くべき番組だと思いました。来年もピンクレディが出演してくれることを望みます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA