「はい、終わり」勝海舟の辞世の句に似ていますが、あおり運転野郎の言葉。なぜ、この“あおり”の犯人を終わりにできないのか?

引用 ALL ABOUT

報道各社では連日、再現動画を作って放送し、その悪質ぶりを取り上げてきました。それが大阪府堺市の路上で、バイクに乗った当時大学生の男性を背後からあおり、追突して死亡させた事件です。ドライブレコーダーに記録されている、衝突後に被告が発した「はい、終わり」という言葉などから、被告が故意に追突したと判断されました。幕末の偉人勝海舟は辞世の句として「はい、これでおしまい」と読みました、同じ“終わり”にしても、このあおり男の“終わり”は自分ではなく、他人の人生の“終わり”を意味していたのです。追い越されただけで人の命を奪う非道な人間に下された判決は…

殺意を持って車を凶器に使った悪質な事件

■殺意を持った行為に対して16年は短い

本件でバイクの男子大学生を死亡させたとして異例んお殺人罪に問われた堺市南区の元警備員、中村精寛被告に対し、大阪地裁堺支部は25日、懲役16年(求刑18年)の判決を言い渡しました。犠牲者の遺族は同日午後、堺市内で記者会見し、被告に損害賠償を求める申し立ての手続きを取ったことを明らかにした上で「16年は短い」と怒りをにじませました。無期懲役であっても収監中の態度が認められれば刑期が短縮されるのに、16年では他人の命を奪った償いにはならないのではないでしょうか?日本ではひとり殺しても死刑になることはなく、二人以上で死刑みたいな、変な判例があるように思われます。

■故意であったことは疑いの余地がない

「あおり運転で人を殺せば、殺人になると世間に知らせたい」こう話した遺族の切ない願いは届きませんでした。注目を浴びた裁判の判決は「懲役16年」、裁判の争点となったのは、あおり運転で人が亡くなった際に『殺人罪』が成立するかどうかでした。報道各局がドライブレコーダーの映像を基に再現したCGでは、中村被告が運転する車が左に車線変更した直後、前を走る高田さんのバイクも左に移動したことから「あおり運転」を始めます。あおり始めてクラクションを鳴らす中村被告、バイクは加速し遠ざかっていきます。しかし、次の瞬間、車は急加速して高田さんを追跡、時速96㎞でバイクに追突したのです。しばらく走って中村被告が口にしたのが「はい、終わり」の一言でした。

また繰り返される可能性があれば、原因は削除すべき

■被告に反省の色は見えない

中村被告は法廷で「自分の人生が終わった」という意味だったと説明しました。これに対し検察は「意図せず事故を起こした人間の発言だとは思えない」と反論し、懲役18年を求刑していました。実際にニュースで流された中村被告の口調は「ゲームが終わった」程度の軽い口調に感じられました。とても自身の人生が終わったことを悔いている感じではありませんでした。“おまえの人生は、ここで終わりだ”と高田拓海さんに告げたのです。車を凶器にした立派な「殺人」です、どうして死刑を求刑してはいけないのでしょうか?殺人は何を基準に量刑が決定されるのでしょうか?「殺意」などと言えば、今回はドライブレコーダーの記録に溢れるほど映っているじゃないですか。

■どう考えても死刑を求刑したい

判決後に開かれた被害者遺族による記者会見には、殺害された堺市西区の大学4年生、高田拓海さんの母親と妹、叔父の忠弘さんが出席しました。「拓海は何も悪くないのに、あおられ、殺された。なのにたった16年で…。悔しいです」判決について母親は涙で言葉を詰まらせながら、こう話しました。この日の中村被告の様子は反省する素振りすら見られなかったと言います。判決で殺人罪の成立が認定されたことに関して遺族の方々は、それなりの評価をしていましたが、人の命を奪っておいて16年の量刑では納得がいかないのは当然です。また、収監する意義は矯正し「二度と同じことを起こさないようにさせる」ことなのですが、十数年、檻に閉じ込めたところで被告の人間が変わるのでしょうか。いつも論議されることですが、大切なのは人を殺した対価は“何なのか”ということです。人の命を奪えば自分の命を差し出して償うしかないことを制度化しようじゃありませんか、「大きな殺意を持って人を死に至らしめたる者は、己の命を持って償うこととする」じゃなきゃ平気で『これで、お終い』と殺人を犯す奴が出てくるのです、今回の事件は繰り返される遺族の無念を象徴するような事件でした。求刑するのなら“死刑”を・・・。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA