スーパーボランティアと呼ばれて、尾畠春夫さんの憂鬱。「東京から大分まで歩きたかった!」

引用 サンケイ

スーパーボランティアと呼ばれ全国的に有名になった大分の尾畠春夫さん、既に79歳、引退して自宅でのんびりが同年代の姿なのに、尾畠さんはボランティアとして全国を駆け回っています。尾畠さんが注目されたのは山口県周防大島町で2歳の男子が行方不明になっていたのを発見したことがキッカケでした。以降、よく被災地で見かける人だとわかり、そのボランティア活動がマスコミ各社で取り上げられ全国区で有名人となりました。テレビ番組で尾畠さんの特集が放送され、書籍も出版されました。もう、尾畠さんは有名人となってしまったのです。

予定では東京から大分まで歩き、20日には自宅の予定だった

■だんだんと進むのが難しくなっていく

そんな尾畠さんは東京から大分まで自分の足で歩く旅に挑戦していました。1月19日に東京を出発し、今月20日ごろには大分の自宅に到達している予定でした。しかし、尾畠さんが歩いていることを知った人たちがネットで情報を取得、尾畠さんを見つけて写真やサインをお願いする状態が続きました、当初は片手で引いていく程度の荷物しか持っていなかったのが、静岡に入るころにはリヤカーを引いていました。これは、尾畠さんを応援する人たちが持ってきてくれて差し入れを受け取る度に荷物が増えていった結果でした。尾畠さんは写真やサインに笑顔で応じ、当初予定していた日程で進むことが困難になっていました。

■自分が事故の原因となることは避けたい

今日、報道各社は尾畠さんが旅行を断念し既に大分の自宅に戻っていることを伝えました。報道で流された動画では、丁寧にサインや写真に応対する尾畠さんの姿や、リヤカーを引く姿が映されていました。驚いたのは静岡に入ってからの映像です、尾畠さんご本人の説明では「3mくらいの歩道に、ぎっしり人のおるとですよ。交通事故の起きたらなんともならんと思いました」「写真ば撮るとき、子供さんの手ば離すとですよ、そうすると子供どこ行くかわからんけん。手ば離したらいかんとですよ」と自分が原因で事故が起きることを一番心配していたことを語りました。

自分の信念のために断念した旅行

■尾畠渋滞が起きてしまった!

家に帰った尾畠さんにテレビ関係者が取材を行うと

「体力的な疲れはないけどね。精神的な疲れはなかなか抜けないね」

「24日の午後。日曜日に歩いたら地元の方やらが通行人が集まってるの見て、車を左側にずっと止めて、ハザードをつけて交通渋滞になって。いつ事故が起きてもおかしくないなと思って、今回は一応旅を打ち切って身を引いた方がいいなと思って。だから誰にも知らせずにスッと身を引いたんです」(引用:FNNインタヴュー)

静岡県に入った尾畠さんを一目見ようと住人たちが殺到し、警察も出動する騒ぎになったため、見物に来た人たちを事故に巻き込んではいけないとの思いから、尾畠さんは志半ばで旅を断念しました。

■まわりが気遣うことも大切なのでは

尾畠さんは、娘さん夫婦の車で大分まで戻りました、家の中にはリヤカーに積まれていたたくさんの差し入れがありました。尾畠さんは、応援してくださった方々に感謝し、この恩は何とかして返したいと話していました。尾畠さんの生真面目な“生き方”に頭が下がります。しかし、現在の日本ではいったん有名人となった人間は、ネット社会から逃れることが出来ないのです、自分では知られたくなくても誰かが、その所在をネット上にアップしてしまうのです。こうした事態は当初より想定されていたはずなのですから、マスコミは逆に全行程を密着取材させてもらう代わりに、集まって来る人間の整理を行うなど、単に報道するだけではなく“経験値に基づく対応”を提案すべきです。歩いています、問題が起きて止めました、ではなく『情報』が流布されることによって生じる問題を誰かが管理する必要があるでしょう。報道の対象とするからには、尾畠さんの年齢も考え、そうした対応をすべきです。

 

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