東映が英断!「麻雀放浪記2020」ノーカット公開を決定、東映社長「行き過ぎ」に歯止めをかける。

麻雀放浪記2020の公式ホームページを開くと

引用 麻雀放浪記2020

「麻雀放浪記2020」の公開について

この度、ピエール瀧容疑者が麻薬取締法違反の疑いで逮捕されたことは誠に遺憾であります。

「麻雀放浪記2020」の公開にあたりましては社会的影響が計り知れないことも重々承知しております。

しかしながら映画の上映は有料かつ鑑賞の意思を持ったお客様が来場し鑑賞するメディアであり、テレビ放映またはCMなどのメディアとは性質が異なります。

このことを鑑み、「麻雀放浪記2020」製作委員会として対応について協議を重ねました。その結果、劇場につきましては配給を担当する東映の判断でノーカットで公開する結論に至りました。(2019年3月20日現在)~「麻雀放浪記2020」公式ホームページより~

映画の内容よりも先に“公開について”の文書表示が目につきます。東映さん、やってくれましたなって感じです。ピエール瀧容疑者の逮捕以降、社会全体が被害者意識に陥って自粛ムードにあった中、この映画公開に関するニュースは“右に倣え社会”に一石を投じることになりました。

東映は配給会社の責任として公開を決定

■記者会見で発表されたノーカット公開

配給会社大手の東映が、麻薬取締役法違反の疑いで逮捕されたピエール瀧容疑者が出演する作品「麻雀放浪記2020」について、予定通り4月5日にノーカットで公開すると発表しました。3月20日に東映で開かれた記者会見には、同社代表取締役社長の多田憲之氏と「麻雀放浪記2020」の白石和彌監督が出席しました。政策委員会や社内で協議を重ねた結果、劇場公開の決断に踏み切ったことを発表しました。批判が起きることは覚悟の上での公開ということです。

■多田社長が語る「行き過ぎ」

芸能人が不祥事を起こした際に、関連作品が“自粛”の対象になるケースは多くあります。しかし、その風潮に関しては「過剰ではないか」とする意見もあり、賛否両論が巻き起こっていました。東映の多田社長は「個人としても、ちょっと『行き過ぎだな』という印象は持っていました」と見解を示しました。「映画会社の責任として公開したいと社員に伝えて、皆さんを説得しましょうとなった」と経緯を説明しました。白石監督は「議論なく一様に決まったかのように蓋をしてしまうことはよくないのでは、と個人的に思います」と前置き「過去作まで一律でなくすのは文化にとって損失だとおもうので、そろそろガイドラインなり、何かを作るべきではないかな、と思っています」と提案しました。

記者会見ではキチンとした質疑応答が行われた

■記者会見の内容

会見では次のような質疑応答が行われました。

〇製作委員会の出資企業から様々な意見があったと思うが、どうのようなものだったか

多田社長:各社いろんな意見があり、議論がありました。現在も議論は続いています。ただ、配給を受け持つ弊社としては時間が迫っている中で早く決断を出したい、そして制作陣の思いも含めてなんとか完全な形で作品を提供するのが配給会社の責任であろうという思いで、ノーカットで配給することを決断しました。

〇公開時のスクリーン数は

多田社長:現時点で51スクリーンです。(劇場から公開できないという声はない)

〇「作品に罪はない」という世間の声が上がっているが、こういった声をどう受け止めているか

多田社長:映画会社や製作委員会のご判断だと思いますが、東映として、また個人としても、ちょっと「行き過ぎだな」という印象は持っていました。役者とスタッフ皆で総力をあげて作ったものをボツにしていいのか、ということに関しては疑問を持っていました。

白石監督:作り手としての意見ですが、基本的な姿勢としては、作品に罪はないという姿勢でいいと思う」

〇ピエール瀧容疑者に対する今の率直な気持ちは

白石監督:僕を監督として大きく引き上げてくれたひとり。彼自身、彼が持っているキャラクターと男っぷりの良さとか、いろんなところに男惚れして、通算5本仕事をしていました。

引用:「麻雀放浪記2020」記者会見 一部抜粋

この後も、コンプライアンス問題や鑑賞料金払い戻しなどの話題が出ましたが、白石監督の「過去作を無くすのは文化の損失」という意見は印象的でした。

■それぞれに考えを持つことは大事

これまでは出演者に不祥事があれば「上映中止」が当たり前でしたが、今回の東映の配給会社としての決断は大きな問題提起となりそうです。3・11の後に韓国映画「TSUNAMI」や「のぼうの城」など、災害をイメージさせる映画が上映延期となったことがあります、しかし、この際の対応は“多くの人が、嫌な思いをする”ことが明白に分かっていたからです。今回のように出演者に不祥事があった事から中止となった場合には、関わったすべての人が「一人」の過ちのために被害を被ることになります。多田社長が語った「選択できるメディア」映画であれば、ピエール容疑者のことを知った上で見る見ないの判断ができる為、公開という考え方はあると思います。しかし、出演者が作品全体のイメージを支配する主演だった場合には、そうも行かないと思われます。しかし、今回の東映のように単に流されることなく、判断する姿勢は評価されるべきです。

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