34年を返すことは出来ない!熊本の松橋事件、償っても償いきれない過ちを誰が償うのだろうか?

引用 asahi.com

1985年熊本県松橋町(現宇城市)で1985年、当時59歳の男性が刺殺された松橋事件で、殺人罪などで懲役13年が確定し服役した宮田浩喜さん(85)の再審判決公判が28日、熊本地裁で行われ、溝国禎久裁判長は殺人罪について無罪を言い渡しました。弁護側は検察側に上訴権(控訴する権利)の放棄を求めていて、確定審から29年で無罪が確定する見込みです。再審公判は今年2月に初公判が開かれ即日結審、検察側は殺人罪についての有罪立証を断念し、再審無罪判決が確実視されていました。無罪が確定してとしても宮田さんが刑に服した時間が返ってくるわけではありません、ご本人が“殺人犯”として受けてきた社会的な偏見や差別、周辺親族への影響など、この約30年に被った精神的な被害は言葉にできない筈です、この冤罪被害を誰が償ってくれるのでしょうか?

事件に決定的な物証はなく“自白”だけが鍵だった

■犯人と被告を結びつける証拠は何ひとつ存在しない

初公判では、検察側が確定判決で有罪認定の根拠となった当時の自白調書をはじめ全ての証拠を採用するように求めていましたが、溝国裁判長は「再審請求審までの経緯を踏まえると必要がない」として退けていました。凶器とされた小刀を含め約150点の証拠が不採用となりました。検察側は論告で「再審請求手続きで、自白の信用性が揺らいだと裁判所が判断した」と説明しました。「改めて慎重に検討した結果、殺人についての被告が有罪である旨の新たな主張・実証は行わない」としていました。弁護側は最終弁論で「殺人事件の犯人と被告を結びつける証拠は何一つ存在しない」と主張しました。

■事件から再審までの経緯

熊本地裁は2016年6月、宮田さんが「燃やした」と自白したシャツ片が検察の保管証拠から見つかったことなどを理由に「自白の重要部分に疑義が生まれた」として再審開始を決定しました。溝国裁判長はこの決定でも裁判長を務めていました。今回の再審公判に向けた検察、弁護団との3者協議では、高齢の宮田さんに配慮し「迅速な審理」の方針を打ち出していました。認知症を患い熊本市内の施設で暮らす宮田さんは出廷せず、後見人の弁護人らが法廷でこの日の判決を聞きました。事件は85年1月に発生しました。男性が松橋町の自宅で殺害され、熊本県警は任意聴取で殺害を認めた将棋仲間の宮田さんを殺人容疑などで逮捕しました。宮田さんは公判中から否認に転じましたが、熊本地裁は86年、捜査段階の自白の信用性を認め懲役13年を言い渡しました。90年に最高裁で確定しました、出所後、認知症を患った宮田さんに代わり弁護士が再審を請求、16年6月に熊本地裁が再審開始を決定し、18年10月に再審開始が確定し、19年2月から再審公開が始まりました。

冤罪となった場合には補償はあるのか?

■殺人事件の場合は数千万の補償

宮田さんは既に刑期を終え、ありもしない罪を償っています。果たして、こうした冤罪事件の場合、誤った審判で罪を負わされた人たちに救済のシステムはあるのでしょうか?実際に起こった冤罪事件ではどうのように補償が行われたのかを見てみたいと思います。有名な冤罪事件では、1990年に栃木県足利市で女児が殺害された足利事件があります。犯人として17年半拘束されていた菅谷利和さんは、2010年に無罪が確定し、無事に釈放されました。この時の補償金は約8000万円でした。また、1984年に熊本県の祈祷師一家が殺害された事件では、免田栄さんが犯人として逮捕され死刑判決を受けました。しかし、1983年に無罪が確定しました。この免田事件の場合には約9000万強の補償金が支払われたとされています。どちらの場合も補償金の一部を自分を支援してくれた日弁連などに寄付されたそうです。実際にご本人が手にされたのは数千万円、果たして失われた時間の代償として見合ったものだったのでしょうか。

■社会全体の問題として補償問題を考えていく

宮田さんは85歳、認知症の発症も公表されています。国から補償金が支払われたとしても過去の例から見て数千万円です。無罪判決によって「名誉の回復」は成されとして、宮田さんの周辺(家族や親族)が被った様々な精神的被害はどうなるのでしょうか。こうした事件の場合、周辺への影響も甚大なものがあります。仕事、結婚、をはじめ日常的な人間関係にも支障が生じます、その状態が数十年に渡って続くのです。冤罪は本人の人生を奪うだけではなく、その周辺を含めて社会的な活動から疎外される状況を作ってしまうのです。取り返しようのない“誤り”を行った側は、何ら責任を問われることはありません。松橋事件の場合、警察の『自白の強要』が冤罪の引き金となっています、なぜ警察の責任は問われないのでしょうか?また、冤罪の補償は「刑事補償法」によって行われるもので「国家賠償法」ではないのです。国家賠償法は公務員の不法行為が立証できなければ認められません、これを明らかにするのは非常に難しいとされています。失われた時間を“国家”は償ってはくれないのです。冤罪を負わされた側は『運が悪い』と諦めるしかないのでしょうか、こうした事こそ国民全体の問題として捉え、被害者救済の道を考えていくべきです。

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