GW期間中、日本一の祭り“博多どんたく”始まる!祭り期間中の人手予想は200万人。

引用 Happy cruise

博多の街が“祭り”一色に染まる「博多どんたく」。5月3、4日の両日開催され、福岡市内30カ所で“どんたく隊”によるパレードが行われます。日本最大級の規模を誇るこの祭りには、国内外から例年200万人もの来場者が訪れます。しゃもじを鳴らしながら踊る「総踊り」が博多どんたくの名物ですが、多くの協賛企業や民間団体が『どんたく隊』として趣向を凝らして参加するのも見どころです。見る側とパレードに参加する人たちが一体となって祭りを盛り上げるので、例年多くの人たちが参加し楽しむことができます。どんたくの日には「雨が降る」と言われていますが、今年は3、4日ともに晴れの予報です。みなさん、「博多どんたく“港まつり”」にお出かけください。

博多どんたくの歴史~起源から今日まで~

■どんたくの起こりは“松囃子”

「博多どんたく」は『松ばやし』を起源とする約830年余の歴史を持つ伝統行事です。古い文献によれば今から400年前、筑前の領主となった小早川秀秋の居城(東区名島城)へ博多の町人が松囃子を仕立て年賀のお祝いに行ったと記されています。その後、黒田藩の城下町となった「福岡」と博多町人の町「博多」との二つの町が270年間、博多松囃子を通じて交流しています。明治5年、新政府下の県知事によって松囃子・山笠ともに中止させられました。しかし明治12年に再開され「博多どんたく」と呼ばれるようになりました。オランダ語のZondag(ゾンダーク、休日の意)がその語源とされています。

■昭和37年以降、福岡市民の祭りに

第二次大戦中、一時中断されましたが終戦後、昭和21年5月「松ばやし」と「どんたく」が8年ぶりに復活します。肩衣を紙で作り、馬はハリボテを首から胸に下げ、三味線、太鼓などは戦災を免れたところから借り集めて“博多どんたく”のおはやしを瓦礫の町に響かせながら歩いたことが、復興に大きな勇気を与え、翌年の22年には福岡商工会議所が中心となって、戦後初めてのどんたくが開催されたのです。その後、年に一度の無礼講の行事として年々盛んになっていきました。昭和37年「どんたく」は、福岡市民総参加の『福岡市民の祭り「博多どんたく港まつり」』となり、現在まで引き継がれています。

日本のラテン系祭り、それが「どんたく」

■どんたくは開かれた祭り、そのオープンな感覚がラテン系

毎年5月3、4日の2日間、老若男女が思い思いの仮装でシャモジを叩いて町を練り歩き、町に作られた舞台、広場で踊りを披露し、町中がどんたく一色で沸き返ります。参加どんたく隊はのべ約650団体、出場者約3万3千人、見物客約200万人、春のゴールデンウィーク期間中“日本で一番の祭り”と言われるようになりました。博多には夏、博多山笠という勇壮な祭りがありますが、山笠は地元色が強く、山を舁く舁き手はほとんどが地元の人間であり、山笠=博多の祭りといったイメージです。どんたくは、歴史にもあるように昭和37年以降、半世紀以上“福岡市民”の祭りとしてやってきました、参加者に特別な制限はなく「開かれた祭り」なのです。ラテン系福岡市民が、福岡市を訪れる多くの見物客と盛り上がるオープンな祭りが「どんたく」なのです。

■令和元年の「どんたく」は明日まで

どんたく本番の今日、メインのパレードが13:05から開始され、祭りの源流となった松囃子が「博多松囃子振興会」によって披露されます。31分からは福岡県警音楽隊の演奏、35分からは花自動車(かつては電車に装飾を施し“花電車”として親しまれました。)、40分以降は各種団体によるパフォーマンスが夕方まで分刻みのスケジュールで繰り広げられます。豊富なパレードの内容は200万人の見物客を集めるに相応しい内容となっています。明日4日は15:05~19:30となっています。パレードだけではなく、各所に設けられた舞台でのパフォーマンスも必見です。福岡市内が「お祭り」一色で染まるこの期間、日本のラテンを味わいに「どんたく」にお出かけください。

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