4月4日、本日は“あんぱんの日”。記念日まで作ってしまった木村屋が大儲けの日!でも あんぱんは食べたい。

引用 木村屋

何故、洋風のパンに「餡」が入っているのか?あんぱんは誰が作ったのか?基本的にあんぱんといった場合、即座に思い出されるのが“木村屋”です。木村屋は1869年(明治2年)に木村安兵衛によって創業された日本の老舗パン屋です。当時は文明開化に沸き、西洋の文化をどんどん取り入れていました。もちろん、パン食という西洋の食文化も徐々に日本国内でも知られています。しかし、当時のパンは現在のような、ふっくらモチモチのパンではなく、硬くて水分の少ないものが主流でした。コメが主食である日本人には、あまり好まれるものでなかったため、木村屋の創業当時はまだ、パン食は一般には普及していませんでした。

木村屋は日本人のためのパン食を考え「あんぱん」を開発した

■日本人の為にベースとして酒種発酵種を使用

木村屋が創業されてから5年経った1874年、木村安兵衛と次男の英三郎は日本にパン食を普及させるために試行錯誤していました。そこで思いついたのが、酒饅頭だったのです。酒饅頭の酒種を利用することによって「日本人に受け入れやすく、ふんわりしたパンが作れるのでは?」と考えたのです。そして酒種発酵種によって作りあげたパン生地であんと桜の塩漬けを包み、初めてのあんぱんが誕生したのです。日本人になじみ深い酒種発酵種とあんと桜、そこに西洋のパンが加わったことで、当時の文明開化をイメージさせる和用折衷のパン、あんぱんが生まれたのです。

■4月4日は明治天皇にあんぱんが献上された日

明治8年4月4日、明治天皇に仕える役人・山岡鉄舟のはたらきかけにより、東京向島の水戸藩下屋敷を行幸された明治天皇に木村屋の酒種あんぱんが献上されました。明治天皇はあんぱんを気に入り、この出来事をきっかけにあんぱんは、その存在を広く知られるようになりました。4月4日が「あんぱんの日」として記念日に制定されているのは、このエピソードによるものなのです。木村屋では、創業から100年以上経つ現在でも開発当時の製法を守りながらあんぱんを作り続けています。酒種発酵種だけではなく、酒種あんぱんの生地に適した小麦粉や発酵管理、そして北海道の十勝で採れた厳選の小豆を独自の方法で炊き上げるなど、酒種あんぱんへのこだわりも変わっていません。

日本のパンは独自のカテゴリー、欧米のパンとは異なる

■日本国内に定着したパン食

パン屋と言えば、今ではどこでも見かけることができます。スーパー、コンビニなど、いろんな店舗で売られています。そして、そこに他の菓子パンと並んで必ずあんぱんが売られています。日本で生まれ、日本で育ったあんぱんは、今では日本だけではなく世界中で愛される「日本のパン」となっています。海外からの観光客が増え続ける中、フランスやドイツなどのヨーロッパ風のおしゃれなパンも良いのですが、日本でのあんぱんの存在感は格別なものです。日本の食文化の一角を担うまでになった“あんぱん”、4月4日記念日の今日は、スペシャルなあんぱんが売られているかも知れません、是非、店舗を覗いてみてください。

■日本のパン食は、独自の世界がある

ラーメンの源流は中国の麺料理ですが、日本のラーメンは、日本国内で独自の進化を遂げたものであり、現在では逆に中国国内に出店するところもあります。似て非なるものなのです。同じように、最近ブームとなっている“高級食パン”ふわふわでとろけるような食感です。欧米からの観光客は「こんなのパンじゃない、柔らかすぎる」と、日常的なハード系のパンと比較して、食事に向かないことを強調します。そうなんです、日本人は欧米人に比べて唾液の量が少ないため、同じようにハード系のパンを食べると、口の中の水分を持っていかれて食事にならないのです。木村屋が当初から酒饅頭をベースにあんぱんを開発したのは大当たりだったのです。この4月4日を境に、日本の菓子パンや総菜パンは海外で食される「パン食」とは、まったく違った位置づけであることを認識しましょう。これからは日本の食文化のひとつとして『あんぱん』を紹介していくのです。

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