「天才!志村動物園」はそのまま存続、名前を残さなくても”志村けん”の思いは残される

引用 サンケイスポーツ

今の若い方々は志村けんさんの若年期を知らない。恐らくは「バカ殿」や冠番組でMCを務める志村さんの姿を見て育ってきたことでしょう、志村さんが亡くなった際にユーチューバーのHIKAKINさんが「尊敬する人だった、亡くなって言葉もない」と追悼の言葉を述べていましたが、彼は30歳、志村さんとは40年もの歳の差があるのです。彼ら若い世代そして最近の世間の志村さんに対するイメージは「天才!志村動物園」に代表される、温厚で柔和な志村さんであったはずです。24歳でデビューし、ザ・ドリフターズで最も若いメンバーとして活躍した頃の志村さんを知る層は、既に高齢層となってしまいました。若い頃、視聴率50%を超えるオバケ番組「8時だよ!全員集合」で活躍し、激動の時代を生きて来た志村さんだけに「天才!志村動物園」のような番組でも“ほのぼの感”が出せたのでしょう。

その芸風は“哀愁”、支えたのは動物を慈しむ心

■いつでもテンションの高い人間ではなかった

志村さんは3月29日に享年70歳で亡くなられました。彼の死に際して歌手の和田アキ子さんは「一緒に飲みに行っても、黙って酒を飲んでいるような人でした。」「なんやねん、私と飲むのが面白くないんか?そう尋ねると」「いいえ、私はこんな風に飲む人間なんです」と志村さんの人柄を窺えるエピソードを語っていました。どんなに人を笑わせても、同じテンションで日常を過ごせるものではありません、日本中の人がその名前を知り、彼のギャグを知っていたのです。売れて知名度が上がっていくことは芸能人としての志村さんに鮮明な光と影を与えたのではないでしょうか。そのパフォーマンスが大きな笑いを取る分、本人は身を削られていたとは考えられないでしょうか。

■高倉健を魅了した哀愁の笑い

明るい光の部分と、それを支える人間・志村としての影の部分を理解していたのは、6年前に亡くなった高倉健さんかも知れません。高倉健さんが主演した「鉄道員(ぽっぽや)」に炭鉱夫の役で出演した志村さん、これは高倉さんからの直接のオファーによる出演だったのです。志村さんは極寒の北海道ロケに向かう前日、高倉さんが志村さんの携帯の留守電に吹き込んだねぎらいのメッセージを消せずに取っていたそうです。健さんは志村さんに

「ビートたけしさんの笑いには“狂気”があり、志村さんの笑いには“哀愁”がある」と

志村さんの笑いを評したそうです。ヤクザ映画俳優から脱却し、役者を模索していた健さんには、志村けんさんに同じようなものを感じ、それを「哀愁」と感じたのかも知れません。

志村の前に志村なく、志村の後に志村なし

■志村けんの世界は志村だけ

いまだに語り継がれるチャップリンの笑いのように、志村けんさんの笑いも一代限り、志村けんだけのものだったと言えるでしょう。「誰も真似ることができない、そこにしかないもの」それだけに尊く、その喪失感は大きなものとなるのです。笑いを売りとしない「天才!志村動物園」は、志村けんさんの人間性を知る番組だったとも言えます。高倉健さんをして“哀愁”と呼ばしめた志村けんさんの「笑いを支えたもの」が、そこに見えていたのではないでしょうか。チンパンジーや犬と接する志村けんさんの姿にこそ、笑いの源となる人間の優しさや、思いやりがありました。恐らくは、志村さん以外の方が園長をやったとしても、番組は維持できなかったと思います。この番組もまた、志村けんだけが成立させることのできる世界だったのです。

■すべてに終わるは来るもの

本日、19:00~「天才!志村どうぶつ園 特別編」が放送されます。番組16年の映像の中から志村園長の名場面を取り上げるようです、チンパンジーのパン君との出会い、捨て犬ちびとの散歩など、笑いあり涙ありの追悼編と聞いています。今後も「志村どうぶつ園」のタイトルは継続され『飼育係・相場雅紀』『秘書・山瀬まみ』も引き続き、番組レギュラーを続けていきます。この番組は不世出のお笑い芸人“志村けん”が持つ、笑い以外の魅力で成り立っていたものです。タイトルを残しても志村さんはもういませんし、今後は同じテイストを保てるはずもありません。今後は、相場さんや山瀬さんを中心にした、新しい“動物園”を作っていかれることを望みます。そうすることが、番組を育ててきた志村さんが望むことなのではないでしょうか。志村さんのご冥福をお祈りいたします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA