アメリカの同時多発テロから19年「9.11」、若者はニューヨークに世界貿易センターという110階建てのオフィスがツインタワーであったことを知らない。

引用 ルネッサンス メトロポリタン

その日のことは決して忘れられません、仕事から帰宅して夜のニュースを見ているときにニューヨークの状況が映しだされtりました、世界貿易センターに「何事かが起こった」とされ、上層階の一部から黒い煙が吐き出される様子がLIVE映像で流れていました。その時です、ビルの右手側から飛行機が現れビルに突っ込んだのです。あまりのことに食事をする手が止まり、画面を凝視していました。これが後に「アメリカ同時多発テロ」と呼ばれる国際テロ事件の1つだったのです、一般人が日常生活においてテロ行為を目撃することなどありません、爆破や銃撃の惨劇が起きたとしても、その後の現場を取材したニュース報道を見るくらいです。しかし、このニューヨークの世界貿易センターへのテロは、多くの映像が公開され、ビル倒壊時の周辺の状況はセンセーショナルに報道されました。

2001年9月11日

■最初は事故かと思われていた

アメリカ同時多発テロ事件は2001年9月11日にアメリカ合衆国内で同時多発的に実行されました。イスラム過激派テロ組織アルカイダによる4つのテロ攻撃がそれです、一連のテロ攻撃による死者は2,996人、負傷者は6,000人以上、ビルや公共施設などの物理的な被害額は最低でも100憶ドルと推計されています。テロの手段として民間航空機のハイジャックが利用され、当日4機の旅客機がハイジャックされ2機はニューヨークへ、残りの2機はワシントンへ向かいました。ニューヨークに進行したアメリカン航空11便が午前8時46分40秒に世界貿易センター北棟に衝突、この時点ではパイロットのミスとして事態は伝わっており、当時の大統領オバマ氏にも第1報は「パイロットのエラー」として報告されました。

■標的は世界貿易センタービル2棟

午前9時2分59秒、ユナイテッド175便が世界貿易センタービル南棟に突入、爆発炎上しました。この後、ペンタゴンにアメリカン航空77便が突入、アメリカ国内を航行するすべての民間航空機に飛行禁止の指示が出されました。数件の民間航空機の変事が、テロ攻撃として認知されるまでは時間がかかりました、それは同時に4機の民間航空機をハイジャックして犯行が行われれるという、かつてない手段が用いられたことにもあります。世界貿易センタービルは建設当時、世界最大のジェット旅客機だったボーイング707が突入しても崩壊しないように設計されていました。最終的にビルは構造部材が火災の熱で溶解し崩壊しますが、崩壊の原因は飛行機のジェット燃料によるものではなくオフィス内の可燃物による火災が原因とされています。

できることは記憶に留め忘れないこと

■首謀者が殺害されても‥‥

この事件をきっかけとして、国際テロ組織の脅威が認識されるようになりアメリカは「テロとのグローバル戦争」の標語を掲げ始め、アメリカ合衆国と有志連合はアルカイダに支援を行った国への報復を宣言し、アフガニスタン紛争、イラク戦争に繋がっていきます。アメリカ同時多発テロ事件の首謀者とされるウサーマ・ビン・ラディンは、アメリカ合衆国による大規模な捜索にも関わらず、拘束できないまま10年以上が経過しましたが、2011年5月2日パキスタンにおいてアメリカ軍によってビン・ラディンの殺害が確認され2001年以来続いてきた対テロ戦争は一つの節目を迎えました。多くのメディアは深夜時間にもかかわらずビン・ラディンの死亡を一斉に報道しました。その約1時間後、オバマ大統領がホワイトハウスから会見を行い、ビン・ラディンが同日、パキスタンの首都イスラマバードから約60㎞北東にある地方都市アボッタ―バ-ドの潜伏先とみられていた豪邸でアメリカ軍の作戦により殺害されたことを全国テレビ中継で公式発表しました。

■今日を忘れない

テロ事件から19年目の今日、ニューヨークのワールドトレードセンター・コンプレックス跡地は「グラウンド・ゼロ」や「ワールドトレードセンター・サイト」と呼ばれています。今日は犠牲者を悼む人々が献花に訪れるのでしょうが、当時の遺族の方々の姿や、周辺で事件を目撃した人々の言葉が今も思い起こされます。「まるでアポカリプスのような惨状」人は世紀末の終焉を語りますが、それを見た人はいません。しかし19年前にWTCの周辺にいた人々は“世界の終わり”ともいうべき光景を目の当たりにしたのです。日本でも11日から連日、現場周辺の状況は伝えられました。特にWTCが崩壊する様は悪夢のような光景でした、110階建てのビルが砂で作った箱のように崩壊していくのです。その周辺で崩壊で起こった突風に耐える人々や街の状況も報道されました。このテロから10年後に日本では3.11東日本大震災が発生します、どこの国でも予期せずして災害やテロは起こるものです。私たちは、それを記憶として忘れずに生きていくだけなのです。

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