イッテQで登山部が黒部の秘境へ「下ノ廊下」、そして「水平歩道」「大太鼓」

引用 サンケイ

本日放送の「世界の果てまでイッテQ」で登山部が黒部峡谷に入りました。番組中では20時間以上歩いて使える尺は「わずか数分」などと、テレビ的には映えない峡谷のように言われていましたが、その実、上級登山者でなければ入ることができない難しい登山道であり、「絶景の道」なのです。もちろん、番組で言われていたように「黒部に怪我なし」と言われるように踏み外せば100m以上の断崖、死ぬか生きるかのルートなのです。年間に1ヵ月足らずしか入ることが許されない黒部峡谷、ダムだけではなく興味を持っていただけると幸いです。

今では歩道であるが、切り開いた人々の苦労を思ってしまう

■下ノ廊下から水平歩道、そして大太鼓

峡谷の歩道は黒部川の左岸に沿って、一部区間を除きほぼ標高1,000mを保ったまま水平に延びています。鋭く切り立った黒部峡谷の断崖を『コ』の字型にくり抜いて作られた歩道で、幅は狭いところで70~80㎝です。関西電力の黒部川第四発電所から延びる送電線の巡視路としても使われているため、歩道自体はよく整備されていますが、途中には鉄製または丸太を組んで作った桟道もあります。歩道自体は峡谷から100m以上の場所にあり、落ちれば命に関わることから「黒部に怪我無し」と言われ、登山道としては上級コースに指定されています。谷側には転落防止の柵などはなく、山小屋を除けばコース途中に避難場所もなく、気楽に行ける登山道ではないことがわかります。

■一般的な登山道として開放しているわけではない

登山道は毎年、初夏になって黒部峡谷に残る雪が消えてから整備を始めます。整備は関西電力が地元の業者に依頼して行われていますが、その内容は雪崩などの被害に遭った箇所の補修のみにとどまっており、安全向上のための抜本的な対策は取られていません、言い換えれば「一般向け」に解放された登山道ではないのです。しかし、最近では本歩道と並行して地下を走っている関西電力黒部専用鉄道の一般公開とあわせて、一般開放し、安全に通行できるように整備して黒部峡谷観光の目玉にすべきという一部の意見がありますが、具体的な動きには至っていません。

黒部ダムと合わせ、その歴史を考える

■歩道の成立はダム以前

富山で設立された東洋アルミナムが、大量の電気を必要とするアルミニウム精錬の為水力発電用のダムを自前で建設することを計画し、その調査を目的として1920年に開通させたのが、この峡谷の歩道なのです。今から実に100年前に、人力で開いた歩道だと考えると、その労力と時間は想像を絶するものがあります。勾配が急で流量も多い黒部川水系は電源開発に適しており、当時の開発景気に沸いていた各社はこぞって黒部川における水利権を得ようとしていました。そういった中、日本で最初にアルミの精錬事業を計画した会社が、既に三井鉱山が権利出願済みであった区域を避けて、さらに上流の欅平から平の小屋までの権利を出願しました。この歩道開設には、このような背景があったのです。

■100年の歴史を持つ登山道が一般に開放されるように

水利権は、その後、東洋アルミナムから日本電力を経て関西電力へ継承されていきます。そして関西電力が黒部ダムを1963年に完成、ダム設置の条件として水平歩道を一般登山者向けに維持・補修することが厚生省より関電に義務付けされました。これ以降、関西電力は毎年数千万の費用をかけて登山道の整備を行っているのです。黒部ダム誕生以前から存在し、一世紀にわたる歴史を持つ峡谷の登山道、テレビの番組では“単調な峡谷の歩道”として、わずか数分しか使われませんが、我々日本人にとっては歴史的遺産であり、残していきたい絶景のための歩道なのです。もっと話題にすることで整備や補強がしやすくなる環境を作り、一般の方たちも安全に歩けるようになるといいと思います。

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