まだ7万人もの避難生活者がいて「復興」なんて形すら見えていないのに、箱だけが出来ていく。

引用 フォト蔵

また3月11日がやって来ました。3月10日が「東京大空襲の日」そして11日が「東関東大地震」。東京大空襲からは既に73年が経過しています、その風化されつつある記憶はニュースを見てもピンとは来ません、しかし、たった2時間で10万人以上の犠牲者を出した歴史的な悲劇だったのです。その空襲も「語る人」がいなくなって、だんだんと忘れられていきます。東関東大震災からは7年、わたしたちの「震災」への記憶はどうなったのでしょうか?7年前は、ベッドの下にスニーカーを置き、緊急時のためにお風呂の水を溜めておくことが日課だったのに、もう遠いことになってしまっています。 続きを読む

3.11東日本大震災から7年、『何が』失われたのかをまだわかっていない人がいる。

その日、私は銀座のオフィスビルのリーシング打ち合わせのため銀座にあるビルを見に行っていました。異変が起きたのはビルを出て道路脇で煙草を吸おうとした時です。若い奴が言うのです「揺れています」私は道路を通る大型トラックを指差しました、しかし、彼はさらに我々が今まで見ていた背後のオフィスビルを指差しました。その時の様子は今でも忘れることができません、大きく前後にビルが揺れているのです、周辺のビルも揺れていました。それは、信じられないような光景でした、前後にぶつかるのではないかと思われるほど、激しく高層ビルが揺れていました。東日本大震災の始まりでした。 続きを読む

熊本地震から1年、馬刺しとタイピーエン

熊本の大地震から1年が経過しました。テレビ各局はメイン・キャスターが熊本の現地まで出かけて熊本城の復旧の様子や阿蘇大橋周辺の工事状況などを全国的に報道しています。確かに城や橋の復旧はわかりやすい復興の形です、東北の津波の時もめちゃくちゃになった街に道が通り、瓦礫が片付けられていく様が報道されました。でも、本当に生活している人たちの暮らしはどうなっているのか、そこが知りたいと思うのです。 続きを読む